四  


「獅堂さん…」
 獅堂は、まどろみから引き起こされるように眼を覚ました。
「獅堂さんってば」
「…………」 
 自分の名を呼び続ける者。
 それが、誰の声なのか、認識するまでに数秒を要していた。
「……あれ?」
 そして気付く。夢を――見ていたことに。
「そろそろ地上ですよ。ったく、一度寝ちゃったら、絶対に起きない人なんですね」
 声の主は滝沢だった。
 まだ子供の面影を残した男は、半分ふてくされたような顔で、窓の外に眼を向ける。
「ああ……いや、悪かった」
 獅堂は生あくびをし、両腕を伸ばして凝り固まった肩の筋肉をほぐした。
「なんか、……やな夢見ちゃったよなぁ」
 そして、小さく呟いた。
 もう、何年くらい前になるだろう。
 オデッセイが正式稼動する少し前、フューチャーのテスト・パイロット時代の思い出……。
 機内アナウンスが流れる。
 地上とオデッセイを繋ぐシャトル便、ピース・ライナーは、順調なフライトを終え、目的地である厚木飛行場へファイナル・アプローチの体制に入りつつあった。
「獅堂さん、地上には何日くらいいられるんですか」
 オペレーションに従って安全ベルトを締めながら、滝沢が言った。
「いられるも何も、休暇は今日一日だけだろ。用事を済ませたら、すぐに帰る」
「へぇ、お気の毒、僕は明後日まで休みです。しっかりデートとかしたいですから」
「……お前、生意気にも彼女とかいるわけか」
「ま、俺も謎の多い男ですから」
 滝沢は、すました横顔で得意気に言う。このあたりが、雰囲気は似ていても楓とは全然違う。
「勝手に言ってろ」
 獅堂は、シートに肘をついて顎を支え、滝沢から目を逸らした。
「獅堂さんって…」
 滝沢が、前方を見つめたまま呟いた。
「かっこいいっスよね」
「……?」
 思いもよらない言葉に、顎が、ずり落ちそうになっていた。
「小顔だし、肌きれいだし、スタイルいいし、足長いし、」
「お、おい、滝沢……?」
「女の子みたいっすよ、マジで」
―――いや、女……なんだけど、一応。
 みたいだし、ってどういう意味だ?
 というより、それは皮肉か嫌味なのだろうか。
 スタイルがいい、というのは。
 獅堂は、思わず自分の胸元に視線を落とす。
「少し頭悪そうだけど、そういうとこがまた可愛いし」
「………」
 獅堂は言葉を失って、滝沢の横顔を、唖然と見つめた。
 嫌味だということは理解できた。
 が、一体何の意図があって言っているセリフなのだろうか。
「パイロットの中じゃ、もてもてですよね。相原さんに、北條さんに……鷹宮さん、名波さんもそうかもしれない。折りしも結婚適齢期。それでも、一人でいるのは、やっぱ、楓さん待ってるからですか」
 そう言って、滝沢はようやくこちらを見て、にっこりと笑った。
「……あのなぁ」
 どうしてそこで、楓が出てくる。
 さすがにあきれて、反論しかけると、
「鷹宮さんの結婚、どう思いました?」
「は、はぁ?」
 二転三転する話に、獅堂はもうついていけない。
「やっぱ、悔しいですか、ちょっとジェラシーって感じですか」
 悔しいも、何も。
「た、滝沢、お前何か誤解してやしないか。鷹宮さんと自分は……今では、別に」
「今ではって、じゃ、昔は何かあったんだ」
「む、昔??」
「本当、可愛いなぁ、獅堂さんって」
 滝沢はくすくすと笑った。
「で、今からどうせ鷹宮さんに会いに行くんでしょう?結婚やめてくれって言うつもりですか」
「…………」
 一瞬本気で怒ろうとした獅堂は、ため息をひとつついて、それを堪えた。
 相手はまだ子供だ。自分にそう言い聞かす。
「確かに鷹宮さんには会いに行くよ」
 機内の照明が、二、三度瞬いて消えた。着陸態勢に入る。
「でも、目的はお見舞いだ。お前だって知ってたんだろ、どうも休みが長いと思ったら、過労で入院してるそうじゃないか」
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