act  12 混沌の果て
 




                                     
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               六


「クローン………」
 獅堂は呟いた。 
 全身の血液がゆっくりと冷え固まって、身体が凍りついていくような気がした。
 真宮楓の、クローン?
 いつだったか、椎名とそんな話をしたことがあった。
 レオが――真宮楓のDNA全てをこの地上から抹消するよう、世界に働きかけていたこと。
 では、それは。
 自分と同じことをさせないように――あらかじめ、布石を打った、ということなのか。
 目眩がした。
 でも、――まさか。
 そんなことが現実に。
 さきほどまで唇に触れていた暖かなぬくもり。
 では、あれは、楓と同じ細胞から出来た――
 よろめいた獅堂をおしのけるようにして、桐谷がずいっと前に出た。
「ふざけるな、どうみても、例の坊やは18かそこらの成人だ。短期間で、どうやってクローンの成体ができる」
「正確には15歳です。成長ホルモンを投与しているから、若干成長は早いでしょうね。僕が、リュウ……の存在を知ったのは、いまから五年ほど前になりますが」
「…………」
「台湾有事の直後ですよ。……ちなみに、彼を創り上げたのは、NAVIではありません」
「……じゃあ、誰だ」
「……ヨハネ・アルヒデド」
 さすがの桐谷も、その刹那太い眉をあげた。
 ヨハネ・アルヒデド
 中国にいた頃の通称名、姜龍青
「リュウは、NAVIを頼って、敗戦の中国から亡命してきたのです。当時、中国で行われていた複製実験の記録も、全て証拠として、優生保護省に提出しました。どうぞ、ご自由に、徹底的に調べていただいて結構ですよ」
「……考えたな」
「何故、ヨハネ氏が、楓のDNAを入手し、何の目的で複製を作ったか……それは、僕がいちいち説明しなくても、いくらでもあなた方に、心あたりはあるでしょう」
「…………」
「ご存知のとおり、クローン人間の生成は、法律で固く禁じられています。ただ、ある種の…不妊治療においてだけ、それは許されている。そしてその場合、クローン本人の人権を守るため、必ず優生保護省への届け出が義務づけられている」
「いちいち説明すんな、てめぇらが、考えた法律だろうが」
 桐谷は低くうめいた。
 優生保護省という名称がレオの口から出た時から、桐谷はもう、眉根を寄せたまま、反論する意思を失ってしまったようだった。
「考えるもなにも、それが真実なのです。ヨハネ博士は真宮楓のクローンを作った。楓の能力が、彼の研究に不可欠だったからでしょう。逃げ出したリュウを、ヨハネ博士から匿うために、僕は彼をずっと保護し続けてきた……そういうことですよ」
「詭弁だな、天才さんよ、でも、すぐにボロがでるぜ」
「優生保護省に申請し、それが真実だと認定されるまでは……少なくとも、誰も隆也に手は出せない」
「その通りだ。研究対象にされないために、クローンの人権は、あらゆる面から保護される。ペンタゴンも……手が出せない」
「よく、ご存知で」
 クローン……。
 先ほど別れたばかりの、隆也の顔。声、立ち姿、笑い方。
 獅堂は拳を握り締めた。
 似ているはずだ、いや、似ていて当然なのだ。
 あれは楓と、同じ細胞、同じ遺伝子を持つ……
 人為的に複製された存在。
 唇を噛み、獅堂はただうなだれる。
「今日のところは退散してやる。レオナルド会長、でも我々はあきらめんぜ」
「御自由に」
 レオは冷ややかな笑いを浮かべ、そして言った。
「獅堂さん、僕はあなたを見損ないましたよ」
「………」
「僕は、どこかで……いや、もういいです」
 行くぞ獅堂、桐谷の厳しい声か飛ぶ。
 レオの言葉の意味が飲み込めないまま、獅堂は無言で頷いた。
 乗り込んだヘリの中。
 獅堂を見下ろした、桐谷の表情は険しかった。
「獅堂、お前の罪は重大だ。しばらく地上で頭でも冷やしていろ。オデッセイ総司令代理の権限をもって、俺はお前の戦闘機パイロットの資格を無期限で剥奪する」



(――獅堂、翼は永遠じゃない。)
 椎名さん……。
 獅堂は空を振り仰いだ。
 自分は、俺も何もかも失ったよ。でも、自分には。
(――翼を失った後、何が自分に出来るのか、俺はこれから探していく。)
 自分には何も、何もできない……。
 何もできない。誰も、―――救えない。








 













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