宇宙という極限状態で生物は生き残れるか。
いずれ確実に消滅するこの地上を離れ、人は新たな<渡り>をすることができるか。
クマゲノムの解析はそのために必要不可欠なものであると、私は認識する。
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通常、動物細胞は、3千気圧(水深3万メートル)にさらされると生きてはいけない。バクテリアでさえ死滅する。
それと同様に、生命体は、真空状態では生き残れない。
生命体が、いったん真空にさらされると、細胞から水分が蒸発し、細胞膜は完全に破壊される。生命体としての新陳代謝が完全に停止するのである。
つまり宇宙空間に人間が素裸で出た場合――、瞬時に全身の血液が沸騰し、蒸発する。腹部は風船のように膨張し、一瞬で意識を喪失するだろう。映画などで、時々お目にかかる場面である。
しかし、その状態に耐えうる驚異的な生物が、この地上に――はるか太古から当たり前に存在している。
それがクマムシ――私が研究材料として取り上げている、クマゲノムの持ち主なのである。
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クマムシは6千気圧の状態で生延びることができる。
同様に真空状態にも耐えることができる。
その理由は、クマムシの能力のひとつとして、体内の水分を三パーセントにまで減らせることにある。
身体から水分を放出し、再び水分を得ることによって自己再生するのである。
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クマゲノム解析の応用は、2000年頃から臓器移植、及び保存食の開発のため、ごく一部の研究施設で研究が進められてきた。
しかし、マイナーな分野であり、大きな収益も見込めないことから、予算的限界、研究員の不足等の事情により、その成果はいまだあがっていない。
私がぜひとも研究したいと思っているのは、このクマゲノムを、人体そのものに組み込めないか、ということである。
人体を、宇宙空間で長期間生存させる。
誰もが妄想だと一笑に伏すが、これは、人という種を存続させるために必要不可欠な研究テーマであると私は思う。
なぜなら、我々はこの地上を離れては生きていけない生物種であり、そしてこの地上は、何億年後かのその後に、太陽膨張に従い確実に消滅してしまうからである。
我々の種は確実に滅ぶ。
自己複製体である我々の宿命は、この種を――未来永劫、存続させることに尽きるのではないか。
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気の遠くなるような遠大な計画であり、テーマであり、国家規模の莫大な予算と施設、そして時間が必要である。一世代どころではなく、何世代にも渡る研究が必要で、とうてい私が生きている間に、完成する見込みなどない。
そもそも種の系統樹が異なるクマムシのDNAを人体に組み込むことなど不可能なのかもしれぬ。まずは同じ系統樹の生物とのトランスジェニック実験を成功させなければならない。
残念ながら、私が属する大学施設では、この研究を進めるための、予算、施設ともに不足している。
極めて強靭な生命体であるクマムシのゲノムを解析することは、ゲノムに関して全く新しい知見を得ることが出来るばかりでなく、人を新たな段階に導くことができる、大いなるパラダイムシフトを起こす可能性があると――私はそう信じている。
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◇クマムシ
緩歩動物、体腔動物。体長50〜1.7o。厚い殻で覆われており、四対の肢に爪、粘着性円盤状組織を持つ。色、多岐にわたり、赤、紫、青、黄なと。
・ 生息地 苔中、地中、水中、海岸等―――水槽生物の住めるべき場所であれば、世界各地に生息している。
・ 発生 幼生期はなく、誕生時の形のまま、脱皮を繰り返して成長する。
・ 生殖 雄、雌、異体。種により、体内、体外受精可能。
・ 体機構 循環器官、呼吸器官はない。呼吸は、透過性の殻を通じて体表から行い、排出は脱皮とともに行われる。
・ 能力 体内水分を三パーセントにまで減少させ、酒樽(tun)状態と呼ばれる形に変形する。
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tun状態での能力
>超低代謝状態であるため、約百年以上の生存が可能。
>絶対零度から、摂氏151度までの温度差に耐えられる。
>57万レントゲンのx線に耐えられる。
(500レントゲンで人の半数は死亡)
>真空に耐えられる
>6000気圧に耐えられる。
また、環境が悪くなると、クマムシは細胞壁を厚く変化させ、包のう状態となる。tun状態ほどではないものの、代謝も止まり、一種の冬眠状態に陥る。環境がよくなると自ら再生する。
補足すれば、この能力の応用は、いまだ研究が実用化に至らない人口冬眠―――難病医療の分野に効果を発すると思われる。