四


「フューチャー対応機の操縦自体は、従来のイーグルやファントムより、比較にならないくらい簡単だ」
 獅堂は、ずらり、と居並ぶ、今期百里基地に配属されたパイロットたちを見回しながら言った。
「言ってみればオートマ車と一緒だ。ジェットエンジンのスペースが削られただけ、電子機器が飛躍的に搭載可能となった。極端な話、パイロットがいなくても、この機は自動操縦で攻撃できる」
 オール男性。
 当たり前である、自衛隊が発足してから現在まで、要撃戦闘機のパイロット候補生で――飛行隊に正式にORとして配属されたのは獅堂しかいない。
 救難や、輸送部隊には、若干の女性パイロットがいるものの、要撃部隊では獅堂一人きりなのである。
 狭いブリーフィングルームに、この百里基地に所属する二つの飛行部隊、総勢30名余のパイロットが、全員召集されている。
 そしてその大半が――フューチャー――真宮嵐が開発した、新型エネルギーを搭載した戦闘機、F−200に今年初めて機乗した者たちばかりだった。
 半年の研修期間を終えた彼らは、順調にいけば、来月からF−200機のパイロットとして認定され、対領空侵犯任務に回されることになる。
 獅堂は、二年前から、航空自衛隊百里基地第7航空団第101飛行隊長兼編成隊長の任についていた。演習と対領空侵犯措置任務、それに加えて、こういった研修生の指導も受け持っている。
 百里に配属されたパイロットの大半は、こうしてF−200機の操縦を学ぶ事が主だった目的で――だから、大抵の者が一年で他基地に異動してしまう。
 今年の顔ぶれは、防衛大学あがりの新卒パイロットが殆んどだったが――。
「北條三曹、立て!」
 獅堂は厳しい声で言った。
 最後尾の席に腰掛けていた――北條累、唯一の航空学生あがりで、際立って大きな体格を持つ男が、のっそりと立ち上がる。
 今年訓練課程を終えたばかりの20そこそこの若者だが――実のところ、その態度の不遜さには目にあまるものがあった。
 今も彼は、腕を組んだまま、明らかに居眠りをしていた。というか、多分、居眠りのふり、をしていた。
「すいません」
 今も男は、やや挑発的な口調で言った。
「昨日は、今日の講義を前に、緊張して眠れなかったんス、なにしろ、獅堂隊長みたいな美人を間近でおがめるんだから」
 どよめくような失笑が狭い室内に一斉に漏れる。
「ふざけるな」
 獅堂は怒りを抑えながら言った。空に出るのと同じくらいの情熱を持ち、真剣に講義していたつもりだった――その真剣勝負を揶揄されると、どうしても、怒りが全面に出てしまう。
 けれど、北條は、そんな獅堂の反応をかえって楽しんでいるようだった。
「フライトの後は妙に興奮するんすよ、そこに隊長の可愛いヒップラインなんか見せつけられちゃ、おさまりがつかなくなります」
 さすがに笑い声が引いていく。
 獅堂は、拳を握り締めながら、感情を抑制して、言った。
「だったら見なきゃいいだろう、貴様は、戦闘機で空に出る意味を理解しているのか」
「してますよ」
 当たり前でしょう。という目が、じろりと見下ろしている。
 たかが女が何をいってやがる。
 そんな目が見下ろしている。
「いいか」
 その男の傍らに、獅堂はつかつかと歩み寄った。
「現代戦は、戦闘機の性能こそが全てだ、そしてその性能は、すでに各国が拮抗したものを揃えている」
「だから、腕で勝負するしかないんでしょ」
 不遜な声がそう答える。
 北條の上官でもある、第505飛行隊の隊長吉村三佐は、その前列に席を取っている。が、はらはらした目でこちらを見るだけで、なにひとつ口を挟もうとしない。
 吉村賢一 ――腕は確かだが、どこか優しげで、部下に気を使う典型的なサラリーマンタイプ。我の強いものが揃ったパイロット連中の中で、よく隊長が務まっているな、と人事ながら心配してしまう。
「そうじゃない、腕など関係ない、その考えこそが過去の遺物だ」
 獅堂は北條を見上げながら言った。
 でかい男だ。肩幅が広く、日焼けした精悍な顔をしている。まばらな髪からのぞく鋭い目が、威嚇でもするかのように、じっと獅堂を睨んでいる。
「現代戦に挑むパイロットに求められるのは、膨大なコンピューター機器の操作を正確にこなす記憶力、情報分析能力、そして何よりも冷静さだ。例えばお前の機が、敵機に撃墜されて墜落途中にあるとする。お前はどうする」
「ベイル・アウトします」
 当たり前でしょ、と言った口調。
 ベイル・アウトとは、戦闘機を離脱し、パラシュートで地上に降下することを言う。
 獅堂はわずかに眉をひそめた。
「自分なら、地上の様子を確認し、状況次第ではベイル・アウトしない。仮に被弾しても、地上に落ちるまでの間の状況を、冷静に実況中継できる自信がある」
 それは本音だった。
 こと戦闘機の操縦にかけては、獅堂には絶対の自信とプライドがある。
 空で、髪の毛ひとすじの迷いも感じたことはないし、何があっても地上の悩みを空に待ちこんだことはない。
「死ぬまでの間をスか」
「死ぬまでの間をだ」
 北條の目が、莫迦にしたように笑っている。
「随分安い命なんすね、悪いけど、自分の命はそんなに安くはないもので」
 獅堂はひるまない目で、その視線を見返した。
「そうじゃない。ぎりぎりまで、自分の命を守り抜くのは当然のことだ。機体は補充できても人の命は補充できない。パイロット一人育てるのに、一体いくらの国家予算が費やされていると思う。―――自分が言いたいのは、地上の人命を守るのが第一という意味だ」
「そんなことだったら、」
 あたり前ですよ、そう言いかけた風間を、獅堂は厳しい眼で制した。
「北條、戦闘機の性能が拮抗しているということは、空で戦闘ステージに突入したら、それは確実に、2分の一の確立で、どちらかが死ぬ事を意味している」
「それが何か」
「殺すか、殺されるかだ。その極限状況の意味が分かるか」
「殺しますよ、まだ死にたくはないんでね」
「人を殺すということは」
 獅堂は初めて声を荒げた。
「お前が思うほど簡単なことじゃない、それが戦争という極限状況下にあってもだ!」
 周囲の者はしん、としている。
 普段寡黙な獅堂が、そして普段からその獅堂に妙に挑発的だった北條が、こうして言い争うのを興味深々で聞き入っている、そんな感じだ。
 そして、獅堂は知っている。
 こういった議論の後、たいていは、男性は男性側の立場にたって物を考える。
 そして出される結論はこれだ。――――女の上官はやりにくい。
 その一言で括られて終わる。
「その瞬間にも、パニックに陥らず、一ミリのミスなく操縦桿を操らなければならない。地上の様子、敵機の様子、僚機の様子、そして、自分の命、全てを瞬時に判断し、次の行動を選択しなければならない。それが戦闘機パイロットに求められる一番大きなものだ。お前のように、普段から余計なことばかり考えているようなヤツが、いざという時冷静になりきれると断言できるか」
「余計なことっすか」
 まだ若いせいだろう。
 その鋭い眼差しは一向にひるまない。微かな怒りをこめて、高みから獅堂を見下ろしている。
「余計なことだ」
 獅堂は断言してきびすを返した。
「自分が気に入らないとか、自分が女だからとか――そういうことを気にしている間があれば、操作マニュアルの暗記でもしておけ」
 元のように――ホワイトボード前に立ちながら、獅堂は軽く嘆息した。
 疲れる仕事だ。
 ただ、飛んでいただけの頃に戻りたいと、切に思う。
 世界的にも数少ない――F−200の経験者としては、当然の仕事なのだろうが、後輩の指導など、どう考えても自分には合っていない。
 席についた北條は、まだ収まりのつかない眼差しをこちらに向けている。
 北條のような鼻っ柱の強いパイロットに絡まれるのは、なにもこれが初めてではないが。
「………では、明日の演習の説明に入る」
 その思いつめたような暗い眼差しに、妙にひっかかるものを感じながら、獅堂はマジックを握ってホワイトボードの方に向き直った。


                   五


「すいませんね、獅堂三佐」
 ブリーフィングルームを後にして、執務室に戻ろうとしたところだった。
 背後から呼び止める声に、獅堂は足を止めて振り返った。
 ひょろりと背の高い、面長の優しげな顔。
 第505飛行隊隊長、吉村賢一三佐だった。
 先ほど獅堂につっかかってきた、北條累の直属の上官にあたる。
 年は多分、三十後半。パイロットとしてはベテランの域に入る。フライト時間では獅堂が及ぶ相手ではないが、新型機の経験では、逆に吉村が獅堂に遠く及ばない。
 そして、こういったベテランパイロットほど、フューチャー機の操縦は難しいらしい。飛行感覚が従来のそれと全く違うのだ。無理もないことなのだが――。
「うちの連中は、どうも気が荒いのが多くて、私には扱い方がどうも、いまいち」
 吉村は、短い頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
 第505飛行隊は、確かに北條を筆頭に、どこか目つきの悪い、素行がよくない者ばかり揃っている。だが、こういった個性的な者がまた、パイロットしてはいい素材であることを、獅堂はよく知っていた。
「いや、別に気にしてないっスから」
 あっさりとそう言った。
 本当だった。
 これが自分の得なところだと思うのだが、どうも過ぎ去った事はすぐに忘れるようにできているらしい。
(――お前の切り替えの早さは、パイロットとしては、第一級だよ。)
 そう言ってくれたのは椎名だった。
 ふとその言葉が、懐かしく思い出される。
 獅堂のその返答に、一瞬あっけに取られていたような男は、しかしすぐに、目を伏せて苦笑した。
「さすがは、史上最年少で、三佐になられただけはありますね。ご立派ですよ、私などは、とてもあなたの足元にも及ばない」
「……いや、別に、そんなことでも」
 階級は同じでも吉村は先輩パイロットである。目上の男に、そんな言い方をされても困ってしまう。
 獅堂は少し躊躇しながらも歩き出した。
 吉村がその後からついてくる。
「それより、お聞きになりましたか」
「何をですか」
「……オデッセイ、二号機が完成したという話ですよ」
「…………」
「天の要塞は、我々パイロットの憧れというか、目標ですからね。今、防衛庁で新たなクルーを選出中と聞いています。獅堂さんは、当然第一候補なのでしょうね」
「……さぁ……」
 オデッセイ二号機。
 その噂は、聞かないでもなかった。
 ただ、自分が召集されるとか――そういう話は、一切耳に入ってきてはいない。
「オデッセイが、再び打ち上げられるということは」
 吉村は、何故か執拗にその話にこだわった。
「今、列島を取り巻く状況が再び危さを増している……そういうことなんでしょうね。アラートによるスクランブルも、台湾有事時並に増加している……気づいておられますか、上が想定している仮想敵国はすでに中国でも北でもない、かつて、我々と同盟を結んでいた――ヨーロッパ連合ですよ」
「…………」
 それは獅堂も気づいていた。
 対領空侵犯措置。別称アラート。24時間緊急発進待機任務。
 日本の領空を侵犯する可能性のある領域――「防空識別圏」に不明機が足を踏み入れた段階で、戦闘機が二機一組でスクランブル発進する。
 百里基地はアラート指定基地であり、獅堂も当然、その任務についていた。
 一日三交代で常に二人ずつ、機体のすぐ傍で待機する。そして警報が鳴ると同時に機体に駆けつけ、飛び乗って、エンジン始動、機器をウォームアップさせ、それから滑走路へと移動する。
 従来のジェットエンジンでは、機体のウォームアップに最低でも五分を擁していた。が、フューチャーは二分足らずでそれを可能にした。なおかつ垂直発進が可能なので、滑走路も必要最低限の広さで足りる。
 真宮嵐の開発した新型エンジンは、戦闘機にとってはまさに革命的な代物なのだ。
 そして――そのスクランブル発進の頻度が、今年に入って増加している。国籍不明機は、たいていがユーロ2000の改良型。ヨーロッパで開発された新型戦闘機だった。
―――ユーロ2000か。
 獅堂の胸に、オデッセイのテストパイロット時代の――苦い思い出が蘇る。
 初めて実感した二分の一の恐怖。
 殺すか、殺されるか。
 北條に言った言葉は、三年前、獅堂が身をもって実感したことでもあった。
―――あの時、もし……鷹宮さんがいなければ。
「……何か、上の連中しか知らないことが……起きているのでしょうね。われわれ現場には知らされていない何かが」
 吉村は、最後に陰鬱な声でそう言った。


 オデッセイか……。
 休憩スペースで、ぼんやり外の景色を見ながら、獅堂は、天で見た空の青さを思い描いていた。
 地上から見る空も綺麗だ。でも――あの、天空の高みから見る蒼には遠く及ばない。
 もう一度、あの空で――生きていくことができるのなら。
 右京室長や、遥泉さん、蓮見さんに国府田。それから真宮嵐。
 椎名さんに――鷹宮さん。
 時代は悪い方に転がっていったけれど、確かな信頼と友情に培われて、心の温かな人たちと過ごした貴重な一年。
 あんな日々が、もう一度訪れるのなら。
「…………」
 昨日別れたきりの、短気な恋人のことを考えていた。
 コックピットの電子機器より扱いの難しい、操縦マニュアルのない男は、今――この時間、まだ仕事の最中だろう。
 天に昇ること。それは、地上に残す者との、実質的な別れを意味している。
 無論、召集があれば、公務員である獅堂に、それを拒否することはできない。
 でも。
―――多分、自分はダメだろうな。
 頬杖をつきながらそう思った。
 この年になって初めて知った、苦い……悔いのような感情を噛み締めながら、沈んでいく太陽を、獅堂はじっと見続けていた。
・・

                    六


「真宮博士、お客様ですよ」
 隣室から声がしたのは、丁度試験管で培養された微生物を、注意深くスポイルしていた時だった。
「少し待っててもらってくれ」
 いったん手を止め、楓は振り返らずにそう言った。
 指先がかすかに震える。もう一度手を止め、喉に咳き上げる塊を飲み込んだ。
 わずかな咳でも、その衝撃が指に伝わり、ここ何日かの実験の成果が台無しになってしまう。
「余り、無理なさらない方がいいですよ」
 いつのまにか背後に、助手として使っている男が立っていた。
「最近、体調がよくないんじゃないですか、一度病院に行かれた方が」
「医者は嫌いなんだ」
 微かに眉をしかめ、楓はそっけなく言った。
 十代の頃は医者になどかかったことがなかったのに、ドイツ留学以来、どうも体調を崩しやすくなっている。確かに、一度診てもらった方がいいだろう、というのは漠然と感じていた。
 ただ、楓の感覚では――医者とは、自分の身体を実験マウスのように扱う科学者たちと同意語だ。よほどのことがなければ、病院などには行きたくない。
 助手が退室したのを見計らって、再び楓は精密作業にも似た実験に没頭した。培養フラスコをインキュベーターに戻し、最後に残った細胞溶液をフリーザーに保管してから、ようやくほうっと一息ついた。
 ゴム手袋を取り、念のためポンプ式の消毒液で手指を殺菌する。
「…………」
 楓は、自分の手を鼻先に近づけてみた。
 指の隅々にまでしみついた、独特の香り。いくら洗っても、かすかな残り香が皮膚の奥にまで染みているような気がする。
 この匂いは、死んだ父の手に染みていたそれと同じだった。父は何の実験をしていたのだろう。
 若くして得た華やかな学歴と学位、そして世界レベルで評価されていた学説。なのに、どうして晩年、―――父は、国内の、殆んど名のしれない薬品会社で、学者としての成功とは縁遠い研究を続けていたのだろうか。
(楓……君……だね)
(ずっと探していたんだ、君が…………だからね……)
 聞き取れなかった言葉も、真宮一家が自分を迎えに来た理由も。
 血の繋がらない嵐と自分が、何故あのような変体を遂げたのかも。
 楓には何も判らなかった。調べることさえ禁じられていた。
 楓が使用するインターネットのホストは厳しく管理されていて、特定の分野への不正アクセスは、ただちに刑事罰の対象となる。いわゆる国家機密に係わる分野、防衛、警察、政府、行政――及びバイオテクノロジー関連の国立研究部門――さらに、一定の民間企業のネットワークにもアクセスをすることが禁じられている。
 米国でかつてベクター製造工場との疑惑をもたれたジェイテック社の情報は、すべて米国防総省が抑えており、楓には閲覧することさえ許されていない。
 むろん、どれだけ厳しく管理――監視されようとも、他人のIDを使えばアクセスなど簡単だし、実際IDなどなくても、なにひとつ痕跡を残さずにブロックを突破する自信もある。
 でも。
―――万が一、自分に司法の手が及ぶようなことがあれば、災禍は自分一人に止まらない。その波紋は間違いなく嵐と、そして。
「お待たせしました」
 楓は応接室の扉を開けた。誰が自分を待っているか、それはもう判っていた。
 静かに――水から浮き上がるように、すうっとソファから立ち上がる長身の男。
「先日は失礼しました、ご挨拶もそこそこに」
 顔を上げ、薄っすらと笑う優しげな面立ち。けれど薄い眼鏡の下の目は、冷たく冷え切っている。
「ぶしつけなお願いをしてすいませんでした。獅堂さんに、渡していただけたんですね」
 佐々木智之は、そのままの表情でそう切り出した。
 楓は目をすがめ、視線を下げる。
「日曜に……会う機会があったので、その時渡しました」
「あなたとお話がしたいんです。午後からお休みが取れるようなら、少し僕に付き合ってもらえませんか」
「…………」
 自分に何かあれば、波紋は、確実に獅堂に及ぶ。
 航空自衛隊のエリートパイロットの獅堂に、自分とのことで、わずかな憂いも感じさせたくない。
 そう言う意味で、今の楓は、手足に二重の足かせをつけられたも同然だった。
 自由であっても、決して自由ではない生活。
「真宮さん」
 乗せられた車の中で、ステアリングを握る男は、静かな声で口を開いた。
「あなたは、佐々木リナという名前を覚えていますか?」
「…………」
 ササキ、リナ。
 佐々木と名乗った、この男の身内か何かなのだろうか。
 獅堂とつきあっていたくらいだから、独身には違いないのだろうが――。
 わずかに逡巡し、楓は首を横に振った。
「すいませんが、記憶にありません」
「…………そうですか」
 車は、東京方面に向かっている。
 この時間から東京へ向かえば、電車を使って帰っても、間違いなく夜になる。
 助手席に座った楓は、所在無く視線を窓ガラスの外に転じた。
 東京からわさわざ――二度に渡って訪ねてきた男。獅堂の部屋の鍵を閃かせ、何かもの言い他げな目で自分を見据える男。
 本能的な直感で、この男の誘いを断れば、それが獅堂の身に何かが起こることを意味しているような気がした。
―――莫迦女。
 額を寄せた窓ガラスが冷たくて心地いい。
 少し熱があるのかもしれないな――ぼんやりとそんなことを考えながら、楓は眼を閉じていた。




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