一



「まぁ、普通に考えて、俺か遥泉だよな、」
 強面の男は、そう呟いてたくましい顎に手を当てた。
 午後九時すぎの、オデッセイの喫茶ルーム兼ラウンジ。
 普段は閑散としたその室内に、今は、夜間フライトから帰搭したパイロットたちと、数人の整備士たちが居座って、賑やかな雑談を交わしている。
 楽しげな笑い声に、なんの気なしに顔をのぞかせた蓮見黎人は、そこに見慣れない人影を見て、足を止めた。
 大きな肩幅に見上げるほどの長身。ここでは、珍しい―――防衛庁制服組幹部が着用する紫紺の制服。
「お、蓮見じゃねぇか、元気にやってっか?」
 窓辺に背を預けるようにして立っていた男は、ふっと眉を上げ、厚い唇をゆがめて笑った。
 肩と胸元に煌く、いくつもの勲章。
 防衛庁長官直轄航空開発実施室長――元要撃戦闘機パイロット、桐谷徹一佐。
「桐谷さん、来てたんですか」
 蓮見は眉をしかめて、その傍に歩み寄った。
「ま、ちょっくら謹慎くらった奏ちゃんの見舞いにな」
 桐谷はにやりと笑い、ポケットに手をつっ込んだ。
「手が使えねー内に、押し倒しちまおうと思ったんだが、専制されちまったよ」
 浅黒い頬が――よく見れば左側だけ、多少赤いようにも……見える。
 桐谷徹。
 蓮見は苦々しい思いで、その凶悪な笑顔から視線を逸らした。
 警察官だった自分を、派遣という形で、こんな危険な場所に着任させた――張本人。
 現職総理大臣、右京総一郎の親戚筋にあたり、そして。
 オデッセイのオペレーションクルー室長、右京奏の従兄弟でもある。
 三十半ばを過ぎてもまだ独身を貫いている男は、本気かどうかは判らないが、美貌の従姉妹に、随分執心しているようだった。
 当の本人右京奏は、十日間の謹慎が解けて、一週間前、再びオデッセイに戻ってきたばかりだ。
 真宮楓が起こした、例の事件の懲罰である。
 あれだけの騒ぎの責任としては軽すぎるくらいで――それが返って、蓮見には不審だった。ただし、謹慎というのはあくまで仮処分で、本格的な査問委員会――昔でいえば軍法裁判は、後日改めて行われるらしい。
「で、なんなんすか、普通に考えて俺か遥泉かってのは、」
 そこで、ふと、桐谷が最初に口にしていた言葉を思い出し、蓮見は何気なく聞いてみた。
「ああ、それはだな」
 と、桐谷が口を開きかけた時、
「そうなんですよ、桐谷一佐、私たちも、最初はそうだとばかり思ってたんですがね」
 コーヒーカップに唇に寄せながら、やんわりと口を挟んだのは、すぐ傍の席についていたレスキューチーム<雷神>のリーダー、鷹宮篤志だった。
 彼の周辺には、チームに所属する隊員たちが座り、同じようにコーヒーをすすっている。
 基本的に、オデッセイには各分野のスペシャリストチームが三人体制で編成され、現場の指揮を任されている。
 レスキューチーム<雷神>。
 リーダーの鷹宮以下、二名の編成員がいる。
 新田原基地救難隊のエースだったハーフの日本人、三輪ロバート。褐色の肌と真っ白な歯を持つ陽気な男。
 そして、防衛大学を出たばかりの新米パイロット、八重垣ハジメ。
 要撃部隊のパイロットが出撃中にトラブルに巻き込まれたら、即座に緊急発進して救難に向かう―――それが、彼らの基本的な任務なのだが、地上の航空自衛隊救難部隊と同様に、要請があれば民間人の捜索や救難にも借り出される。
 ふっと顔を上げたリーダー、鷹宮篤志と眼があって――蓮見は慌てて視線を逸らした。
 聞きかじった噂によると、鷹宮篤志という――この、軍隊に似つかわしくない美貌の男は、過去に何人も男の恋人を持っていたという。 
「あ、ソレ、本当です。鷹宮さんはリョートーツカイ?ボクのいた新田原にも彼の噂はトドイテましたから」
 特に驚くでもなくさらりとそう言ったのはロバートで。
「やだなぁ、心配しなくても大丈夫ですよ、蓮見さん。鷹宮さんの好みは線の細い美少年ですから!」
 豪快に笑い飛ばしてくれたのは八重垣ハジメだった。いや、誰もそんな心配はしていないのだが。
(―――そうなんですよ、桐谷一佐、私たちも、最初はそうだとばかり思ってたんですがね。)
 そう言った鷹宮は、どこか意味ありげな眼を蓮見に向けたまま、にっこりと笑った。
「それが、どうも、最近は様子がおかしくて、いちがいには言えないんです」
「様子がおかしいっつーのはなんだよ」
 桐谷はいぶかしげに眉を寄せながら、制服のポケットから煙草を取り出している。
 まだ、蓮見には話の内容が見えてこなかった。
 皺くちゃの箱を覗き込んだ桐谷の唇が、いまいましそうな舌打をもらす。
「ちっ、一本しかねぇや、悪い、蓮見、一本わけてくれねぇか」
「嫌です、ここじゃ、その一本が貴重ですから」
「お前……いつからそんな、ちまちましたせこい奴に」
 そう言いながら元空自の猛者は、続きを促すように鷹宮を見下ろす。鷹宮は少しおどけたように肩をすくめた。
「まぁ……どう言えばいいのか、私の口からは説明しがたく、……椎名さん、後はよろしく」
「はぁっ??いきなり俺か、おい」
 飲みかけの日本茶に咳き込んだのは、<雷神>の隣りのテーブルに陣取っていた要撃戦闘チーム<黒鷲>――そのリーダーパイロットの椎名恭介だった。
 椎名恭介。
 オデッセイが抱える全てのパイロットの中で―――最年長のベテランパイロット。
 無口だが、真面目で実直な男。がっしりとした顎と広い肩幅。眉の太い、いかにも男らしい容貌をしている。
 そして、<黒鷲>のメンバーも二名いる。
 明神 小次郎。元千歳基地の要撃部隊編成部長。
 真田 謙信。元小松基地のエースパイロット。
 二人とも既婚で、地上の官舎に妻子がいる。
 リーダーの椎名だけが独身なのである。が、三人の中で誰よりも既婚に見えるのが、この椎名という男だった。
 まぁなんというか、蓮見から見たら、自室で盆栽でもいじっているように見える。
「いや……なんていうか、そうだなぁ、うん、ごほん、」
 真面目な男は目を泳がせながら、救いを求めるように周囲を見回す。
「おい、一体何の話なんだよ」
 いつまでも本題に入らない会話に苛立って、たまりかねた蓮見が口を挟んだ時。
「こういうことですよ、蓮見さん。右京室長がね、どうやら明日のバレンタインで、誰かにチョコレートをあげるみたいなんです」
 事務的な口調でそう言ったのは、隅のテーブルで、一人紅茶を飲んでいた遥泉雅之だった。
 右京室長と同じで警察官僚出身の男、誰よりも室長の傍にいて、一番――あの冷徹な女上司の信頼を得ている男。
 先月の事件依頼、その、のっぺりとした能面チックな表情に、あるかなきかの感情が透けて見えるようになった。――そう思っているのは、多分蓮見だけではない。
「……………は」
 蓮見が呆然と顎を落とすのと。
「で、蓮見さん、私たちは、そのお相手を、あなただと思ってるんですけどね」
 からかうような鷹宮の声がしたのが同時だった。


                   二


「お、なんだなんだ、みんな勢ぞろいじゃないっすか」
 そう言ってどやどやと入ってきたのは、チーム<みかづき>。獅堂藍を筆頭とする要撃戦闘チームだった。
 言葉を失っていた蓮見も我に返り、その場の空気は一気に賑やかになった。
「おう、獅堂、今戻ったか」
「お疲れさん」
「っす、みなさんもご苦労さんです」
 気合の入った低い声だけ聞くと男にしか思えない―――獅堂藍。
 普段と同じで、今夜の獅堂も、隊服の前をはだけ、下に白いTシャツを身につけている。
 首にかかった銀色のペンダントは、この女が唯一身に付けている装飾品だが、女性的な匂いはまるでしない。よく見れば胸に多少の膨らみがある(ような気がする)ものの、身長169センチの痩身に色気のない体格は、実際男にしか見えなかった。
 むろん、この限りなく男に近い女が、私服でもスカートを穿いているところを――おそらく見た者は誰もいないだろう。
「獅堂、どうした、えらい機嫌がいいじゃないか」
 苦笑まじりにそう言ったのは椎名恭介だった。
 確かに、普段……どちらかと言えば物静かで近寄りがたい雰囲気を持つ獅堂が、今は鼻歌でも歌いそうな勢いで、足取りも軽やかにラウンジに入ってくる。
「ずっと悪天候で、ひっさしぶりのフライトでしたから、もう楽しくて楽しくて」
「めちゃめちゃ飛ばすんですよ、獅堂リーダー、こっちはもうふらふらです」
 肩をがっくり落としているのは、獅堂の背後に立つ<みかづき>のメンバー、相原廉太郎。
 獅堂より一つ年下の二十二歳。元那覇基地のエースパイロットも<みかづき>に編成され、そのプライドをずたずたにされたらしい。
 元々獅堂に反発していた相原だが、何時の間にか、誰よりも獅堂に信奉し、今はどこへ行くにも金魚のふんのようにくっついている。
「夜間のドッグファイトもいいもんですよ、どうですか、椎名さん、今度一緒に」 
 口笛混じりにそう言って、どかっと椅子に腰を下ろした獅堂に、
「獅堂リーダー、コーヒー淹れましょうか?」
 と、即座に声をかけたのはもう一人のメンバー、小日向忍。
 相原と同期の小日向は、背が低く固太りの体格で、どこかのんびりした性格をしている。
 彼などは、最初から獅堂の尻の下にひかれっぱなしで、いつも相原と競うようにご機嫌を取り合っているのである。
 その心中にあるものが、畏怖なのか恋情なのかは知らないが、まったく世も末だと蓮見は思う。
 今も、相原と小日向の二人は、同時に席を立ってコーヒーサーバーへと突進している。
―――はぁ……。
 蓮見は額を押さえてため息をついた。
 当の獅堂は、そんな二人には全く気付かない様子で、<雷神>のメンバーと何か楽しげに会話している。
(――獅堂さんの鈍感さは、口で言っても判らないというレベルではないんです。身体に教えなきゃ判らない人なんですよ)
 いつだったか、本気とも冗談ともつかない口調で鷹宮がそんなことを言っていたのを、蓮見はふと思い出していた。
「それにしても、獅堂さんと椎名さんのドッグファイトなら、ぜひ見てみたいですよ、一体どっちが勝つんでしょうね」
 誰かがそう言い、その場はにわかに獅堂と椎名のドッグファイト――空中格闘戦技の話題で盛り上がった。
「そりゃあ、椎名さんでしょう」
「いや、獅堂リーダーですよ」
 獅堂は少し困った風に頭をかき、椎名は苦く笑ってカップのお茶を飲み干している。そして周囲の喧騒を抑えるように顔を上げて言った。
「まぁ、実際やってみなきゃ判らない。……ただ、自分は、今更獅堂とはやりたくないな、どうも勝てる気がしない」
「それはね、椎名さんが獅堂さんに甘すぎるからですよ」
 獅堂が何か言いかける前に、そう言って横槍を入れたのは、鷹宮だった。
「椎名さんは、航空学校時代から、獅堂さんに弱いんです。可愛がってるのは判りますけど、獅子は谷底へ突き落とさないと」
 あからさまにむっとした獅堂が、即座に反論する。
「余計なお世話です、自分は普段から、鷹宮さんに突き落とされてばかりですから」
 鷹宮は――ますます嬉しそうに微笑した。
「そうそう、私も獅堂さんが可愛くてしょうがない口ですから、もういくらでも突き落として差し上げますよ、そう――今夜にでも」
「へ、へんな言い方しないでください!言っておきますけど、自分は女です、お、ん、な。鷹宮さんの対象外です!」
「ああ、そう言えばそうでしたねぇ」
「………おい、頼むから、それを当然の前提として会話を進めないでくれ」
 額を押さえながら、そう言って二人を止めたのは椎名だ。
 獅堂藍。
 鷹宮篤志。
 そして椎名恭介。
 三人は、まだオデッセイの正式起動前――試験飛行の段階から、テストパイロットとして乗艦していたクルーである。
 もともと航空自衛隊時代から繋がりがあったらしく、三人の間には、他人が入れない何かの――強い絆がある。
 向こう気が強くて、室長右京にも一歩もひけをとらない獅堂だが、椎名と鷹宮。この二人にだけは頭が上がらないらしい。
 鷹宮はクールな顔に笑みを浮かべ、呑みかけのコーヒーカップをトレーに載せた。
「まぁ、とにかく、椎名さんが獅堂さんに甘いと、私はそう言いたかっただけでして」
 やはり獅堂は、それに即座に反論する。
「だから、それは違いますって、椎名さんは、そんな人じゃない」
「では、どんな人ですか?あなたから見た椎名さんとは」
「え、あの、あっと、そりゃあ、パイロットの鏡みたいな……とにかく、自分の目標です、尊敬できる相手ですよ」
 真面目な眼をしてそう答える獅堂の頬に、はじめて赤みが浮かんでいた。
―――わっかりやすい女だなぁ。
 蓮見は笑いをかみ殺して、その光景から眼を逸らした。
 今のように、椎名が絡むと、獅堂はすぐにムキになるのだ。
 当の椎名は、それに気付いているのかいないのか、全く変わらない態度で獅堂に接している。
 そんな二人を折に触れてからかうのは鷹宮で――。
 墓穴を確実に掘りながら、獅堂はいつも、ムキになってつっかかっていく。
「鷹宮さんだって、訓練生に甘甘じゃないですか、知ってますよ、誰彼構わず航空学生に手を出してるって――」
「ほう、獅堂さんに嫉妬されるなんて思ってもみませんでした。今夜は幸せな眠りにつけそうです」
「だ〜か〜ら、誰がそんな話にもってけって言ってんですか!」
 と、突然。
「遥泉さ〜ん」
 甘ったるい声が、男が溢れ返るラウンジに響き渡った。
 柱の影から、ちょこっと顔をのぞかせているつぶらな瞳。高校生オペレーターの国府田ひなのである。
 この艦で唯一、特注のミニスカートを穿いている女子高生。
 青く染めた髪を六つのおさげに編み分けている髪型は、蓮見には到底理解できない。
「こんばんは〜〜ひなのですぅ。あのぅ、遥泉さんは?」
―――多分、誰からも理解されていないであろう、この奇抜な天才少女は、前月に起きた事件以来、遥泉雅之副室長にぞっこんなのである。
「……ああ、遥泉なら」
 気の毒な奴……そう思いながら、蓮見が振り返ったラウンジの隅に、すでに遥泉の長身はなかった。
―――逃げたな……。
 その場のほぼ全員がそう思った時、
「あ、やべ、忘れてた」
 そう言って、突然立ち上がったのは獅堂だった。
「悪い、国府田、お前の顔見るまで忘れてた、今からでもいいか」
「オッケーです、そう思って、ひなの、獅堂さん探してたんです」
「なんだよ、こんな時間に、何をするつもりなんだ」
 けげん気な椎名の声に、
「獅堂さんに、チョコの作り方教えてあげるんです。獅堂さんてば、明日、初めてチョコあげるんですってぇ」
 間延びした声で国府田が答える。
――――えっ????
 その場の全員が凍りついた時、
「誤解しないでくださいよ、行き着けの歯医者の娘さんに、パパにあげるチョコ作ってくれって、頼まれただけっすから」
 背を向けた獅堂は何の気もなさそうにそう言い、そのままラウンジから去っていった。


                     三


「歯医者の……娘ねぇ、相変わらず疎いというか、鈍感というか」
 獅堂が去ったラウンジで、最初に口を開いたのは鷹宮だった。
「歯医者ってあれか、獅堂が通ってる子供歯科の……確か、娘が幼稚園に通ってるとかいう」
 椎名の問いに、鷹宮は肩をすくめて頷いた。
「バツ一の若い歯科医がやってるんですよ、おおかた娘をけしかけて、獅堂さんと近づくきっかけにでもするつもりなんでしょう。御礼と称して、食事にでも誘う気かな―――まぁ、普通考えたら判りそうなものですけど」
「いや、お前の考えすぎだろ、娘の純真な思いから出たことかもしれないじゃないか」
「医者なんて合コンばかりの遊びなれた人種です、鈍感で無防備な女一人落とすのなんて、わけありません」
 きっぱりと断言する――その医者よりは確実に遊びなれた男。
 椎名はそれには答えず、そのまま無言で席を立った。
「……ま、それならそれでいいじゃないか、獅堂にはもったいないような相手だよ、なんたって堅気の職業だし」
 その場にいた全員が、椎名の言葉に注目している。多分――みんな薄々、獅堂の思いに気付いているから―――だろう。
「俺たちみたいに、命の危険にさらされてるわけじゃない、自分は、上手くいけばいいと思うよ」
 全く普段どおりの口調でそう言うと、椎名は先に立ってラウンジを出て行った。ばらばらと、チームのメンバーたちも後に続く。
「……鈍いのか、ずるいのか、……わかりにくいですねぇ」
 独り言のように鷹宮は呟く。そして、すうっと優雅に立ち上がった。
「じゃあ、我々も、そろそろ明日のブリーフィングに戻りましょうか」
 彼のチームも、ばらばらとラウンジを立ち去っていく。
 その場はなんとなく白け、残っていた整備士や隊員たちも、一人二人と、ラウンジを後にしていった。
「……椎名と獅堂は、とっくに出来てると思ってたけどな」
 背後で呟いたのは、それまでずっと黙っていた桐谷だった。
 人気のなくなったラウンジに、煙草の煙が立ち込める。煙を吐き出しながら、ドスのきいた声で男は続けた。
「椎名には地上に恋人がいるからな、まぁ、生真面目な奴だから、ふたまたなんて器用な真似はできねぇんだろう」
「椎名リーダーに、恋人がいるんすか」
 蓮見は少し驚いて聞き返していた。
 自分でも判るくらいあからさまな獅堂の思いに、どうして答えてやらないんだろう――そりゃあ、恋愛対象になるような女じゃないが――と、そんな風に思っていたところだった。その椎名に恋人がいるとは、初耳だ。
「いるよ、でなきゃ、獅堂みたいないい女、ほっとくわけがねぇだろう」
「……いい女、ですか」
「いい男って言い換えた方がいいかもしれねぇがな。お前にもじきに判る。ここのパイロット連中は、多かれ少なかれ、みんな獅堂に惚れてるよ」
「………」
 そうかもしれない。
 蓮見は、さきほどまでの鷹宮の楽しそうな顔を思い出していた。
 鷹宮篤志は、蓮見に言わせれば、底の見えない男だった。
 その美貌のせいもあるし、人をくったような性格のせいもあるが――彼は、優しげな笑みの下に、間違いなく何か――重たいものを抱えている。人当たりはいいのに、深いところには、決して他人を入れようとはしていないのが、蓮見には判る。
 どこかで他人を遮断し、自分さえ冷たく突き放している――そんな風にさえ思える。
 そんな――感情の掴みきれない美貌の男が、あんなに楽しげに絡む相手は、確かに獅堂しかいなかった。
「椎名リーダーに恋人がいるって……鷹宮リーダーは知ってんですか」
 蓮見が聞くと、そりゃ知ってるだろ、と返答は即座だった。
「椎名が、二十四の時に出来た女だから、もう随分長いつきあいになるしな。それに、相手は俺らの身内だよ」
「……身内?」
「航空自衛隊に所属してるってことだよ。――今、千歳で航空整備士やってるはずだが、それがもう、獅堂も顔負けの気の強い女でなぁ」
 何かを思い出すように、白眼がちの双眸がすっと細まった。
「元々は、獅堂と同じ要撃戦闘機の候補生よ、上手くいってりゃ、空自初の女性パイロットの称号は、獅堂じゃなくて、その女のものだったはずなんだが」
 大きく煙を吐き出して、桐谷はたくましい肩を揺らした。
「俺と同じよ、訓練中の事故で、足をやられちまった。それでパイロットをエリミネートされて地上勤務に回された、……椎名は、その責任を感じてんだろう」
「責任って」
「事故はな、椎名との、ドッグファイトの最中に起きたんだよ」
「………」
「あいつが獅堂に甘いっつーのは本当だろう、どうしても思い出しちまうんだろうな、そういう意味じゃ不幸だよ、獅堂も――椎名もな」
 なんと答えていいか判らなかった。
 もちろん獅堂も、その辺りの事情は知っているのだろう。頬を染めて鷹宮に言い返していたその顔が、ふいに愛しく思い出された。
「じゃあ……、まぁ、いいことなんすかね、獅堂リーダーが、その歯医者とつきあってるっつーのは」
 その感情に戸惑って煙草のケースをポケットから出した時。
「……で、てめぇには、別に聞きたいことが残ってんだがな、蓮見君」
 凄みのきいた声と共に、大きなごつい手が、箱ごとそれを掴んで取上げる。
「さぁ、きっちり吐いてもらおうか。最近の奏ちゃんの、何の様子がおかしいって?」
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