第三章 「封印された文書」
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つくば市真宮一家殺人事件第二十七回公判資料
イ―349988号
救世の国心理教教本「目覚めよ人類」より
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ベクターは何故この地上に大量発生したのか?
ローティーンにしてハイレベルな頭脳を持ち、精神力、耐久力ともにすぐれたベクターという種は、どういう法則によって誕生したのか?
今まで、それは全くの謎だとされてきた。
一説にはアメリカの宇宙開発センターで捕獲された異星人のDNA―――それを、ヒトのDNAに組み込んだものがベクターの起源だとも言われているが、この説は、現在未来過去に渡り、米国政府で真剣に取上げられたことは一度もない。
あくまでヒトという種の突然変異――それがベクターなのである。
しかし、ベクター誕生には、かつて、紛れもなくある法則が存在したことを、――これを読んでいる皆さんは果たしてご存知であろうか。
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それは、人口受精である。
アメリカのベンチャー企業、ジェイテック社の精子バンクに登録された精子を使って誕生した子供。それが、第一期ベクター世代と呼ばれる世代(25〜27)の八割以上を占めることは、すでに公認された事実である。そして、第二期ベクター世代(17〜21)と言われる若者たちもまた、複数の企業が管理する精子バンクから誕生している。これも明白な事実なのである。
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しかし、事実であるにも関わらず、米政府はこの件に関し、各会社への通り一遍の調査のみ行い、全て関係なしと結論付けている。
特筆すべきは、倒産したジェイテック社の全ての資産を米国防総省が買い取り、些細な書類の一枚に至るまで、徹底的に処分しているという点である。
―――これは、一体何を意味しているのであろうか?
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現在、ベクターの誕生は、人口受精が原因だと一括りにはできない状況になっている。というより人権という壁に遮られ、政府は彼らの数を正確に補足できていないのだ。
ひとつはっきりしているのは、交雑によって誕生した子供は、ほぼ百パーセントの確立でベクターだということだろう。
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ベクター。
彼らのDNAに特徴的な変化が見られ始めるのは、およそ五歳前後だと言われている。
つまり、胎児の段階でそれを発見し、未然に誕生を防ぐことは不可能なのである。
我々の科学力で補足出来ない何かが――ヒトのDNAにもぐりこみ、密かに誕生の機会を伺っているのである。まるで潜伏期間のウィルスのように、増殖しながら潜んでいるのである。
あたかも――堕胎という淘汰を逃れ、この世に生を受けるチャンスをひたひたとうかがっているかのように。
ベクター。
バイオテクノロジーの分野で、それは運び屋という意味を有する。
ヒトという種に、未知の遺伝子情報を運び込む――そんな皮肉をこめて、彼らをベクターと命名したのは米国防総省である。
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それはいつ、誰の肉体に起こり得るか判らない変化なのだ。
あなたの子供が、いつ未知の生命種に変化するかもしれないのだ。
なんと恐ろしいことだろうか。
この突然変異種は、果てして何の意思によって誕生したものなのだろうか。
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西暦2032年現在。全世界にベクターは約六千人存在すると言われている。
彼らは優秀な生殖機能を有し、出生率は在来種の我々の約二倍であるとも言われている。
何十年後か、何百年後、この数がどれだけの数値にまで膨れ上がるのか――それは、我々在来種にとっては、考えるだけで恐ろしい未来予想図ではないだろうか。
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ベクターが誕生した理由―― それは、やはり、全くの謎だと言わざるを得ない。
しかし、これは紛れもなく、神の領域に手を伸ばそうとしている我々人類への警鐘なのだ。
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第一章 人工授精への警鐘より
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ベクターは今、その卓越した能力を、各方面に伸ばしつつある。
とりわけ、それが顕著に活かされているのが、人類の悲願であった核融合エネルギーの開発、そしてバイオテクノロジーの分野である。
中国出身の科学者、姜劉青氏(kyou ryusei 27歳、国籍不明 第一期ベクター)が発明した人口血液――これにより、人類は輸血という最大のウィルス感染源を断ち切ることができた。
そしてゲノム解析の分野では、レオナルド・ガウディ氏(21歳、米国籍 第二期ベクター)が代表を勤める「セラーノ・ジェノミクス社」が次々と驚異的なスピードでヒトゲノムの解析を進めている。彼はまた、NAVI(全米ベクター地位向上協会)の発起人であり、その代表でもある。
二人とも、東西きってのカリスマ的なベクターであり、その信奉者は世界中にいると言われている。――そう、彼らの一声で、世界中のベクターが団結する可能性を秘めている。彼らは――非常に危険な存在なのである。
ここで特筆すべきは、真宮嵐氏(mamiya ran第二期ベクター 日本国籍 19歳)であろう。
五年前新聞をにぎわした悲劇的な事件――つくば市在住の生物学者真宮伸二郎一家殺人事件――その唯一の生存者が、彼である。
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(注)この事件で、当教会教祖白鷺収斂様と、幹部数人が、犯人としてでっちあげ逮捕され、現在公判中であることは記憶に新しいだろう。
複数の幹部が警察の筋書きどおりに<自白>することで極刑を逃れ、現在黙秘を続けている白鷺教祖だけが、ただ、神の裁きを獄中で待ち続けているのである。
誓って言うが、当教会は、この件に関して全く無実無根、無関係である。
確かに事件当時、当教会が、ベクター弾圧の先鋒に立っていたことは事実である、しかし、殺人などという人道にもとることは、当教会の教本に背く。全ては公安と警察のでっちあげであり、逮捕に名を借りた宗教弾圧であることをここで強調しておく。
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真宮 嵐に話を戻そう。
現在、東京大学理工学部二回生の彼は、高校三年生の時点で、すでに電子工学の博士号を取得している――典型的なベクターのそれよりもさらに勝れた天才である。
彼が開発した新型エネルギー、フューチャーは、核融合エネルギーの応用によって完成した、まさに夢のエネルギー源である。
まだ実用レベルには数年を要すると言われているが、この無限のエネルギーを人類が使いこなせる日が来れば――それは、我ら人という種が地球を離れ、宇宙に移住することが夢物語ではなくなることを意味している。
それは、人類の希望なのだろうか。
それとも、決して開けてはいけない扉なのだろうか。
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この宇宙に、知的生命は存在するか。
はるか昔から語り尽くされてきた議論である。
けれど、議論する余地すらない大前提がある。はっきりと言おう、宇宙に、生命がいないはずはない。必ず存在しているのである。
火星から飛来した隕石に生命の痕跡があったのはほんの一例にすぎない、この広大な宇宙には、地球環境によく似た惑星が、億単位で存在している。 つまり常識的に考えても、数多くの生命種が存在する――しているはずなのである。
生命の遺伝子は、自らを自己複製しながらその情報を子孫へと伝えていく。
自己複製体としての生命の宿命が、新たな移住空間を求め、゛渡り゛を行う。それは、命の宿業といってもいい永遠の繰り返しである。
宇宙に存在する生命は――その手段さえ手に入れれば、確実に住みやすい環境を求めて旅立つだろう。
手段――我々人類がフューチャーを手に入れたように、それは、すでに夢物語ではないのだから。
では、何故、彼らは地球にやってこないのか?
そこに、ひとつの悲劇的な未来が予測できる。
文明の滅亡という未来である。
核融合エネルギーを使いこなすということは、惑星ひとつを軽く破壊できるエネルギーを手に入れたことを同時に意味する。
そんなものを手にした種は、いずれ自ら文明を破壊するという――愚かな道を歩んでいくようになるのだろうか。
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そして今、太陽系第三惑星に生息する人類は、その悲劇的な末路へ向かい、自ら歩み出そうとしている。
現在、台湾で起きている米中の軍事衝突が、全面核戦争の危険をはらんでいるのは、皆さんもご承知のことだと思う。
この戦争を陰で支えているのが、先述したベクター、姜劉青なのである。
彼は中国の軍事開発の全てに携わり、今では実質的に中国共和党を掌握しているとも言われている。
それに相対するように、日米の軍事開発には、レオナルド・ガウディが率いる「セラーノ・ジェノミクス社」、及び、NAVI(全米ベクター地位向上委員会)が全面的に協力している。むろん、フューチャーを開発した真宮嵐もその一人であることを付記しておく。
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では、彼らはなんのためにこの戦争に参加しているのだろうか。
我ら在来種のためだろうか?
そんなはずは決してない。
我らと彼らは、地球というひとつの資源を享有している存在である。
互いの存在が不愉快きわまりないのである。
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この戦争によって、在来種とベクター種の人口比率が大きく変わってしまう可能性があることを、私は最後に述べたいと思う。
繰り返しになるが、ベクター種の生殖能力は、我ら在来種の二倍である。交雑で誕生した種は、百パーセントベクターなのである。
その恐ろしい意味を、果たしてどれだけの人が知っているのであろうか。
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人は、神の領域に足を踏み入れた。
それがベクターという悪魔の種を産み落とした。
ベクターは今、人類にパンドラの箱を開けさせようとしている。
その意味を決して忘れてはならない。
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第二章悪魔の種より
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内閣機密文書7‐1200044b号
無期限公開禁止・持出、複写不可
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ことは緊急を要するのである。
現存する4体は、いずれも最大級の危険因子である。
以前報告のあったran mamiya と kaede mamiya の両名は、当局が実施したDNA検査の結果、いずれも通常のベクター遺伝子しか有しないと判断された。
我々は、引き続き調査を日本政府に依頼すると共に、対象世代全てに対する、一刻も早いDNA検査の実施を要請するものである。
繰り返すが、これは大変危惧すべき、危険な状況である。
万全のはずだった生物学的封じ込めは、すでに第一期ベクターの例により、失敗したことは明白になった。
4体の遺伝子が自然界に漏れ出した場合、それは間違いなく、予測不可能かつ深刻なバイオハザードを引き起こす。
特に第一期ベクター世代に混じって誕生した2体に至っては、年齢的にみても、生殖活動を開始しているとみるべきである。悪夢は、すでに目の前の現実として迫っているのである。
我々に残された手段は、現存するベクターの増殖を抑え、かつ不明となっているTH4体を早急に特定、確保し、その身柄を拘束するほかない。
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米国防総省長官 Jon Robert Emerson
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注 (生物学的封じ込め)
遺伝子組み替え実験がもたらす生物災害に対処するために設定された原則。遺伝子組み替え体が環境に漏れ出した際、生き延びにくい生物を用いることが義務付けられている。
(バイオハザード)
生物が原因となって起こる災害のこと。エイズ、エボラ出血熱などの伝染病などがその代表であるが、昆虫や爬虫類などが原因となることがある。