第五章 “私”から雅へ
 
 
 
 
8月10日午後11時12分
 
 こんにちは! 
 これを読んでるってことは、暗号を解いてくれたんだよね。
 まぁ、もともとあなたが子供の頃に考えた暗号だから、簡単に解読できるはずなんだけど。(書いてる私は目茶苦茶苦労してますけど)
 まずは、はじめましてのごあいさつ。私はマァル。あなたは私のことを知らないけど、私はあなたをよ〜く知ってます! 本当はね、ずっとお話してみたいと思ってたんだ。
 でも、二人でお喋りなんて絶対に無理だから(わかるよね、それくらい)、こうやってノートにメッセージを残すことにしました。
 
 説明するまでもなく、あなたも色々気づいているよね。
 おかしいと思ってるでしょ、自分の意識が時々なくなって、気がついたら、ものすごい時間がたってたりすること。
 一応だけど、確認しておくね。
 あなたの中には、三人のあなたがいるってこと、知ってたかな。
 まずはあなた。門倉雅。オリジナルの雅ちゃん。
 もう一人が、マァルちゃん。あ、でも、それは私じゃないの。私もマァルだけど、その子もマァル。子供の頃から、ずっとあなたの中にいた女の子(あなたの意識がない間に何か悪いことが起きてたら、大抵はこの子の仕業)。
 そして私。このノートに、あなたにしか判らない形でメツセージを残しているこの私、マァルちゃん。
 つまりあなたの中に、二人のマァルがいるってことになるんだけど……、そう書くとややこしくなっちゃうね。だから、この日記の中にでてくる「マァル」は、私ではないもう一人のマァルちゃんのことにしておきます。
 私は    私。うん、私は私だから。
 
 マァルちゃんのことは覚えてるよね。ちっちゃな頃から、ずっとあなたと一緒にいたから。
 私はね、そのマァルちゃんの中にいたの。多分、ずーっとね、最初からね。
 とっても暗い、海の底みたいな深い場所から、ずーっとあなたとマァルのことを見てた。あさちゃんと琥珀のことも見てた。
 だからかなぁ、初めて外に出られた時は本当に嬉しかった!
 もちろん、あなたにしてみれば、迷惑な話だと思うけどね。
  
 さて、本題。
 説明すると、今の状態って、つまり、こう。
 マァルとあなたが、日中の間交互に出て、私は夜にちょこっとだけ出てる。(てゆうか夜にしか出られないのかもしれない)
 で、理由は判らないけど、私は二人の思考も行動も、……つまり入れ替わった時に起きた出来事を、漠然と知っているし記憶しています。もちろん全部じゃないけどね。
 マァルとあなたは、そのあたりちょっと私とは違うんじゃないかな。二人の行動って私から見てもちぐはぐというか真逆だから、多分、お互いが何をやっているか、全然判ってないんだよね?
  
 それでもって、このノート、これは私とあなた、二人だけの秘密の交換日記です。
 つまり、マァルには内緒だってこと。
 マァルは、面倒くさがりだから、多分この暗号が解けないんじゃないかと思うのね。だから、これをあなたが読んだら、あなたと私にしか判らない方法で、どこかへちゃんと隠しておいてね。
 なんで、こんな回りくどい真似をして、あなたと二人でお話しなきゃいけないかというと   
 ごめん、ママがもう寝なさいって。
 じゃあね、返事はこの続きにちゃんと書いてね。
 
 
8月20日午後10時43分
 
 雅、ノート見てないんだ。どうして? どうして? 
 ずっと待ってるのに、どうして返事を書いてくれないの? 絶対に見て、早く読んで。でないと大変なことになっちゃうよ。
 時間がないから、手短に書くね。本当はあなたと相談して、絶対にマァルに読まれない環境を作ってから書くつもりだったんだけど。    そんな悠長なこと言ってる時間、ないみたいだから。
 
 マァルがとんでもないことを計画してるの。今までもひどいことばかりやってたけど、今回はダメ、あんな真似をしたら、絶対大変なことになっちゃう。
 驚かないで聞いてね。明後日の花火大会で、マァルはあさちゃんを公園に呼び出して、そこでひどい目にあわせるつもりです。
 詳しい方法や手順は判らないけど、マァルが中学の頃、一時期、すごく悪い人たちと繋がりを持っていたことがあったじゃない?
 多分、あの頃と同じようなことを、もう一度やろうとしているんじゃないかと思うの。
 早くなんとかしなくっちゃ。
 だけど私には、何をどうしていいのか、全然判らないの。
 だいたい、誰にも言えないよね。私の中に別の私がいて、それがあさちゃんのこと憎んでるなんて    言えないっていうか、絶対に上手く説明できない。しかも、下手に説明して、それがマァルの耳に入ったら、大変なことになっちゃうじゃない。
 
 何か、いい方法ないかな?
 ねぇ、お願い雅、あさちゃんを助けてあげて。
 
 
8月23日午後7時30分
 
  なんとかしてみます。
 
 
9月4日午前11時50分
 
 なんとかって、いったい何をやったの? 雅!
 
 なんであんなことになっちゃったの??

 マァルも雅も消えちゃった……。
 私一人で、これからどうしていけばいいの?  
  
 
9月10日午前9時30分
 
 誰も交代してくれないから、あれからずっと、私が「雅ちゃん」として頑張っています。
 色々あったけど、なんとかなりそうな感じかな。
(というより、なんとかするしかなかったんだけど)
 
 色んな矛盾は、全部事件の後遺症ってことで、誤魔化し通すことができました。
 事件のことは……警察にも色々聞かれたけど、憶えていませんで押し切っちゃった。
 実際、あの夜起きたことは、私には漠然とした夢みたいで……。そう、本当に夢の中の記憶みたいに、虚ろにしか覚えてないから。
 だって、まさか言えないじゃん。上手く説明もできないし。
 あれはマァル(つまり私?)が、計画した事件でした、なんて。……。
 
 ひとつだけ心配なのは、まだ入院している琥珀のこと。
 とても心配なんだけど、誰も彼の様子を教えてくれないの。……どうしたんだろう。
 
 
10月20日午前11時32分
 
 雅、もし出てくる事ができたら、絶対に見てね。
 今日、警視庁の刑事さんが病院に来たよ。事件のことで私と話がしたいって。もう、事情聴取とかは全部終わったと思ってたから、本当にびっくりした。
 ママが怖い顔で断ってたけど、私、扉からそっとのぞいて、外の様子を見ていたの。
 その時、立っていた刑事さんと偶然眼があって……私、びっくりして、心臓が止まるかと思っちゃった。
 すごく背が高くて……冷たくて……怖い目をした男の人。
 私、そのままベッドに戻って布団を頭から被ったの。胸がドキドキいって、それはすごく嫌なドキドキで、……すごくいけないものを見てしまった気分だった。
 どっかで会ったような気がするんだけど、なんでだろう、思い出せないし、なんでその人を見て心臓が止まるくらいびっくりしたのか、どうしても判らない。
 雅だったら知ってるかな。
 その人の名前はね、小田切さん。小田切さんっていうの。
 へんだね、名前だけを聞くと、全然知らない他人みたいなのにね。
 
 雅、あれから一度も出てこないね。そろそろ出てきてもいいんじゃないかな?
 それと、ひとつ聞いてもいい?
 ずっと気になってたけど、……あの夜のこと、あれって偶然? それとも、わざと?
 どうしてあさちゃんじゃなくて、雅があんな目にあっちゃったの?
 
 あ、そうそう、嬉しいお知らせ。
 お母さんがね、私と琥珀の婚約、正式に認めてくれたんだよ!
 
 
10月23日午後10時20分
 
 あさちゃんのお母さんがしてくれた、……過去世療法?
 あれってなんだったんだろう。なんだかすごく不思議な感じ。
 あれは、私たちの前世……? 本当に前世の姿……?
 
 
10月30日午後8時15分
 
 雅、どうして出てきてくれないの……?
 あなたに話したいことが、いっぱいいっぱいたまっているよ。
 
 あさちゃんのママの治療を受けた後からね。私、あの世界(・・・・)の夢ばかり見るようになったんだよ。 
 治療の後ね、あれは本当の前世ではないって説明を受けたんだけど、    じゃあ、なんで治療が終わった後になって、色んなことを思い出すんだろうね。
 
 でね、これはずっと不思議だったんだけど、あの夢は誰の夢?
 私の夢、雅の夢? それとも……マァルの夢?
 夢の中で私たち、実際に会っていたような気がしない?
 私の錯覚かもしれないけど、夢の世界には、私がいて雅がいて……そしてマァルがいたような気がしたの。
 
 もし、あれが私たちの前世なら、私たち、とても悲しい気持を抱いて、この世界に転生してきたんだね。
 私たち、壊れた魂の欠片なのかもしれない。だから、ひとつの身体に、みっつの心が別れて共生しているのかもしれない。
 だからね、私たち……また、ひとつに戻れないかな。なんとかして、戻れないかな。 
 私は頭が悪いから、どうしていいかわからないんだけど。
 
 
11月30日午後7時30分
 
 雅、今日、ひょっとして出てきたんじゃないの?
  
 
1月15日午前0時20分
 
 雅です。
 はじめまして、私の中の私さんへ。
 
 ごめんなさい。いきなり書き始めてしまったけれど、私がまともにノートに返記するのは、今日、これが初めてになります。
 もちろん、このノートの存在には最初から気付いていて、それでも無視し続けていたのには理由がありました。
 あなたは誤解しているようだけど、子供の頃、この暗号を考えて、私に教えてくれたのはマァルなのです。だから、あなたの書いたものは、全てマァルに読まれていると思って間違いありません。
 あなたが思っているより、マァルはずっと頭がよくて冷静なのです。
 私やあなたの行動を読んで裏をかく程度のことなら、あの子は簡単にやってしまうでしょう。
 だから私は、あえてノートに返記しませんでした。
 ごめんなさい。正直に言えば、これもまたマァルの罠ではないかと思ったからです。だって私は、このノートを読むまで、あなたの存在を全く知らなかったのですから。
 
 マァルとは、いってみれば私の生み出した    私の子供みたいなものです。
 小さな頃、寂しかった私が、どうしても仲のよい友達がほしくて、そうしてマァルが生まれました。
 当時のマァルは、私には随分年上のお姉さんで、小さな私にいろんなことを教えてくれました。私たちは蔵の底で、毎日毎日、色んなことを話して、遊んで、すっかり仲良しになったんです。
 私もそうですが、マァルも、とても寂しい生い立ちを持っていました。ちっちゃい頃に大好きだったお姉さんに捨てられて、以来、私が来るまでの長い間、本当にずっと    気の遠くなるほど長い間、一人ぼっちで倉に閉じ込められていたんだそうです。
 そんな寂しい私たちですから、すぐにお互いただ一人と認めあう親友になりました。倉の中で沢山の絵をかいて、二人で暗号文字を作って、おとぎ話の世界のお姫様になって遊びました。私たち二人は、塔の中に閉じ込められたお姫様で、いつか王子様が、二人を助けに来るのを待っていたのです。
 でも    そんな楽しい時間も、そう長くは続きませんでした。
 倉から絶対に出られないマァルと違って、成長する私の環境が、次第に以前と変わってきたからです。
 琥珀が家にやってきて、それからあさとという友達ができました。
 私は、暗い地の底でマァルと二人きりで過ごすより、光の下で……あさとや琥珀と一緒に遊んだり話したりするほうが、楽しいと思えるようになっていたのです。
 同時に、その頃には私にも少しずつ判るようになっていました。マァルとは、実在する人ではない。私にしか見えない幻影    私が作りだしてしまった幻なのだと。
 
 私はマァルと決別しようとしましたが、マァルはそれを許してくれませんでした。
 マァルは私を激しく憎み、怒り、そして……とても説明しがたいことですが、ある日私は、自身がマァルに身体も心も奪われていることに気がついてしまったのです。
 いえ、それが私が作りだした幻なら、マァルは、最初から私の中にいたのかもしれません。
 精神疾患のひとつに、解離性同一性障害というのがあります。
 その症状を自覚した発端が、私には、    地下室のマァルが、私の中に確かに入り込んだと思えた瞬間だったのでした。
 
 以来、何年にもわたって、私という肉体の中で、私とマァルの戦いが始まりました。
 まるで同時に顔を出せない太陽と月のように、私たちの間には、決して干渉できない昼と夜があり、その中で互いを欺き合うような攻防がいくつもあり、最後はお互いを殺し合うような形で、二人で闇の中に沈んでいきました。
 とても抽象的な表現になりますが、それが、あの夜の真実です。
 
 それでも、あなたの存在は、私にはとても不思議です。
 マァルの中に、もう一人、あなたみたいな優しい人がいたなんて……あなたもまた、マァルの一部なんですね。私には判った。あなたが、マァルの中の優しさであり救いなんです。
 それまで、私はずっと、マァルを私の中から消し去ることしか考えていなかった。けれど、あなたの言うように……あなたとマァル、そして私は、もともと一つの魂なのだから、ひとつに戻る方法だってあるはずです。いえ、そうしなければ、私もあなたも、そしてマァルも、決して救われることはないのです。
 ただ、今のマァルの心は真っ黒に潰れていて、私たちが何を言おうと、それを受け入れる余地はありません。そして、あの子が心を開かない限り、私たちは絶対にひとつには戻れないのでしょう。
 
 私たちは、……それを個の人格と定義づけてよいのなら、私たち全員が、深層意識の中で瀬名先生の前世療法を受けました。
 あの夢の世界を、あなたは前世ではないかと、不思議に思っていたようでしたが……。
 はっきり言いますね。マァルの一部でもあるあなたが、知らないことのほうが意外でした。あれは、私たちの前世ではありません。
 あれは    あの世界は、私が倉の地下で、マァルと二人で造り出した世界なのです。私たちが想像したお伽噺の世界なのです。
 私たちの暗く寂しい心が作りだした、現実には有り得ない異世界です。
 前世療法であの世界の夢を見せられた時、私がどれだけ驚いたか、あなたにも想像できるでしょう。
 それより、世界の影で、じっとうずくまり蠢く闇を感じた時、そこに確かなマァルの息遣いを感じた時、私にははっきりと判ったのです。マァルがどこから来て、そしてどこへ帰ろうとしているのか。
 
 世界は、空想したものだと言いました。
 そしてマァルは、私が生み出したものだとも言いました。
 だとしたら、それはいずれも私の中から出たもので、マァルも、世界も、全てが    私という人間の、恐ろしい闇そのものなのです。
 そう、私はある意味マァルがうらやましかった。マァルは……私が、望みながらも決して実行できない願望を、叶えるために存在していたのかもしれません。 
 
 けれどその闇を、いつまでも放っておくわけにはいきません。
 私は思いました。あれが前世ではなく、私の意識の底にある何かが具象化されたものならば、強い精神力で、運命を変えることもできるはずだと。
 瀬名先生が言っておられましたよね。記憶の書き換え……過去の書き換え、そう、あれをやってみるんです。
 私が、私に。
 いえ、私の中のマァルに。
 まだ、上手くはいきません。でも、時間はありますから、ゆっくりとトレーニングしてみようと思っています。
 
 
5月12日午後9時20分
 
 雅、……ありがとう。
 はじめて雅とお話できて、本当にうれしかった。ありがとう。
  
 雅は今、どこにいるの?
 どうしてあの事件以来、一度もでてきてくれないの?
 前世療法、どうなったの? もし出てきたら、ちゃんと経過を書きこんでね。
 
 
6月23日午後7時15分
 
 あれから一年……早いね。
 雅もマァルも、結局一度も出てきてくれなかったね。
 
 私は今、琥珀とあさちゃんと同じ大学に通ってます。
 とはいえ、私はたまにテストを受けるだけ。あ、そうそう、琥珀は再び剣道を始めました。今は、あさちゃんと同じ大学の剣道部に所属しています。
 でも、なんだか二人は、無理して避けあっている感じ……。
 多分、私に遠慮しているんだね。

 あさちゃんと琥珀を見てると、私、本当に辛くなる。
 もう、琥珀なんかやめようって、何度も何度も思うんだけど、いざとなると、どうしても、それができないの。
 馬鹿だね。私って情けないよね。
 
 
12月2日午後3時32分
 
 雅、今日、マァルが出てきたかもしれない。
 私、急に意識がなくなって、その間、ずっとマァルだったような気がするから。
 
 それから雅、私の気のせいじゃなければ、時々雅の影を感じるよ。
 ノートには何も書かれていないけど、雅も、出てきているんじゃないのかな。
 雅、お願い、返事をして!
 
 
1月20日午後11時50分

 雅です。
 そう、確かにマァルは、再びこの身体を支配するようになりました。そして、マァルと同じ時、私も解放されたんです。
 私たち二人は、あの事件の夜以来、ずっと深い場所に閉じ込められていました。多分、お互いのダメージが大きすぎたせいでしょう。
 あの夜、私は    ある意味自死を選んだのです。私の罪を自覚した私は、いっそ、マァルごと自分を壊してしまうつもりだったのです。
 それを………きっと、あなたが救ってくれたんでしょうね。
  
 マァルが、動きだしました。
 私は、彼女を止めるために、再び戦わなければなりません。だからまだ、私は、自分が復活したことを、マァルに知られたくないのです。
 だからこのノートは、二人にしか判らない場所に隠しておきます。あなたが出てきた時にだけ、判るように。
 
 
4月19日午後3時20分
 
 私です。よかった、マァルはこのノートに気がついてないみたいだよ。
 私にも判ったよ。マァルが何をしようとしているのか。マァルは、雅が作ろうとしている世界を、滅茶苦茶にするつもりなんだね。
 マァルを止めなきゃ……全てが、台無しになっちゃうよ。
 
 
6月7日午後9時30分
 
 雅です。
 おそらく最後の書き込みになります。
 私は、とても恐ろしいことをあなたに報告しなければなりません。
 
 マァルが、二つの世界を結ぼうとしています。
 
 地下の落書きを見たでしょう? あれはマァルが、夢の世界とこの世界の交点を、現実に作ろうとしているんです。
 あさとの夢の話は衝撃でした。
 あの現象の意味することはひとつです。私たちの頭の中にだけ存在していた世界が……今、少しずつ周囲に漏れ出しているのです。
 つまり、妄想でしかなかったはずの世界が、現実に溶けだしてきているのです。
 
 むろん、二つの世界が繋がってしまえば、こちらも無関係ではいられません。
 現に、マァルは忌獣の幻影を呼び出すことに成功しました。
 そうやって少しずつでも、夢が現実に混ざってしまえば、どうなるでしょう。
 夢の世界の最終形のように……この世界もまた、忌獣によって滅んでしまうのかもしれません。
 
 そうなる前に、なんとしてもマァルを止めなくては。
 そして、そのための時間は、さほど残されてはいないのです。
 
 さようなら。
 あなただけでもここに残って、いつか琥珀を開放してあげてください。
 
 
6月10日午前7時30分
 
 雅、もう、この日記を読んでくれることもないのかな。
 
 私ね、思うんだ。
 あさちゃんはただ、漏れた世界の情報を、夢で見ているだけじゃないと思うよ。
 もっと……上手く言えないけど、もっとべつの理由が、ちゃんとあるんじゃないかと思うよ。
 
 馬鹿なこと言ってるって、笑わないでね。
 あれは    本当に、私たちの空想の世界なのかな。
 本当にそれだけなのかな。
 仮にそうだとしても、もう、それだけじゃ片付けられないよね。
 なにより、私たちの運命に、こうやってあさちゃんが絡んできたことが、私にはどうしても、ただの偶然だとは思えないんだ。
 
 
 私ね、一生懸命お祈りしたよ、月がいつも、あの世界を照らしますように。
 
   
  
 

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