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「やめて……!」
 あさとは震える声で遮った。
 怖かった。アシュラルの言葉が、反応が恐ろしかった。
「ユーリ、お願い。もう、これ以上私を苦しめないで、……あなたはそんな……そんな人じゃなかった」
「では、どんな人だった? 君の知っている鷹宮ユーリは」
 唇は笑んでいる。けれど、幼馴染の眼差しは冷たかった。
 いつだったか    これと同じ問答をしたことがある。この世界に来る前、人格の変わってしまった雅と。
     そうだ、……ユーリは。
 ごくり、とあさとは、喉にかかっていたものを飲みこんだ。
 今、彼は、彼自身の意思だけで、ここにいるのではないかもしれない。
 彼もまた、この世界の意思、……雅の意思に突き動かされているのかもしれない。
「……俺は、君を抱いた」
 囁くような声だった。あさとは眉を震わせて、全身を強張らせた。
「何度も何度も、繰り返し抱いた。夜が来る度に    毎夜、色々なことを君の無垢な身体に教え込んだ」
     やめて!
 アシュラルの背中、腕。動かない、彼は、その指先さえ、動かそうとしない。
 ユーリの眼は、じっとアシュラルに注がれている。
「お前はいくらも、彼女を抱いてはいなかった。おかしな男だ、あれだけ長く傍にいて、禁欲的にもほどがある。クシュリナの身体は、まだ硬い、未完成の果実のように初々しかった」
「お願い、……やめて」
 あさとは弱々しく、その饒舌を遮り、同時に耳を塞いでいだ。
「もう、やめて……」
 あまりにも残酷すぎる。私ではなく    アシュラルに。
 嘘だと思いたかった。そんなのは、嘘だ。でも、結局はあさとにも、そしてアシュラルにも、過ぎし日の真実はわからない。
 ユーリはゆっくりと笑うと、すうっと両腕を差し伸ばした。
    さぁ、ご覧」
 その刹那、天から一筋の光が差し込み、彼の腕の、包みのはだけた赤ん坊の姿を照らし出した。
 月明かりの下、あさとにもはっきりと見ることができた。柔らかな髪が、その丸い額を覆っている。突然眼がさめて驚いたのか、甲高い泣き声を上げ、両手をばたばたと動かしている。
 月光に煌く、星の滴のような銀色の髪   
「…あ……」
 足元から、何かが音もなく崩れていくのを、あさとは感じた。
     ユーリの………。
 ユーリの子供、だった……。
 絶望で胸がつぶれそうだった。今、私はアシュラルを永遠に失ったのだ。
 でも    でも。
「…………」
 唇を噛んでうつむき    けれど、震える顔をあげ、あさとは嬰児を直視した。
     それでもこの子は、私の産んだ子供なんだ……。
 誰の血を受けようと関係ない、この世界でたった一人の    大切な私の子供。
 あさとは、歩みだそうとした。もう、覚悟は決めている。母親として、私はこの子を抱いてやらなければならない。    が、その時、初めて気がついた。アシュラルの手が、自分の腕を掴んで離さないことに。
     アシュラル……?
「アシュラル、そういうことだよ」
 ユーリは満足そうに微笑すると、再び赤ん坊を胸に抱いてあやしはじめた。
「予言どおりだ。クシュリナは天の星に生まれ、俺は地の星を抱いて生まれた。お前がいかに偽の獅子を名乗ろうと、天の意志に逆らうことはできない    運命が、俺と彼女を結びつけたんだ」
 いっそう激しい泣き声が、闇に響いた。
 銀の髪を持つ父と子。二人の身体は、再び黒い靄に覆われようとしている。
「俺たちは、前世から結ばれるさだめだった。俺と彼女は、ふたつに別れたひとつの魂だ。天と地に引き裂かれても、惹かれあう宿命を背負っている」
「そうだな」
 冷たい声が、初めて隣に立つ男の肩越しから聞こえた。
「それは、確かにお前の子だよ、三鷹ミシェル」
     アシュラル……。
 あさとは虚ろな思いで、ただ、視線を伏せて顔を背けた。
 彼は、絶望さえしていなかった。最初からアシュラルは    わずかな希望さえ抱いてはいなかったのだ。
 子供は返してもらえるかもしれない。でも、アシュラルとは永久に分かり合えないまま、この瞬間、二人は終わってしまうだろう。
「それで」
 アシュラルがわずかに振り返る。長い前髪が揺れて、その眼が初めてあさとを見つめた。
 彼の腕に肩を抱かれ、そのまま引き寄せられた時、夢でも見ているのではないかと、あさとは思った。
「それで、俺たちの子供は何処にいるんだ? ユーリ」
 
 
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     何?
 どういう意味?
 思わず見上げたアシュラルの横顔は、怖いほど平然としていた。
「半年過ぎの子にしては、随分大きいじゃないか。ユーリ、それはお前が正妻に生ませた、正真正銘、お前の子供だろう」
 あさとはアシュラルを見て、そしてユーリを見た。
 灰色の眼は動じない。
「確かに、妻は俺の子を産んだ」
 ユーリの表情も、怖いほどの冷静さを保っている。
「けれど、今ここにいるのは、確かにイヌルダから連れてこられた、クシュリナの子供だ」
 泣き続ける子供を、ユーリはあやしながら言葉を続ける。
「クシュリナと、そして俺の子供なんだ、アシュラル」
 小さな子供に言って聞かせるような口調だった。
 アシュラルは動かない。
 何が嘘で、何が本当なのか、もうあさとには判らなくなっていた。
 子供の泣き声が弱くなる。ユーリは、ようやく顔をあげ、どこか冷めた眼で立ち並ぶ二人を一瞥した。
「アシュラル、お前はまだ、子供の顔さえ見たことがないんだろう? そんなお前に何が判る、何を信じられる? この子は、俺の子だ、俺とクシュリナの愛の証だ」
「……どうでもいいが、何か勘違いをしているようだから、言ってやる」
 アシュラルの    声。
「この女は、俺の妻だ」
 アシュラルの    言葉……?
「だから、どうした」
 灰色の眼が、わずかに歪む。
「だから、こいつが産んだ子供なら」
 あさとは、アシュラルの胸元に引き寄せられた。
「それは、何があっても俺の子供なんだ」
     これは、夢なんだ……。
 あさとは目の前の光景が、ぼんやりと滲んで行くのを感じた。
 アシュラルが、こんなことを言うなんて、    絶対に、夢なんだ。
 ユーリは黙っていた。かなり長い間、彼はその場に立ったままでいた。
 胸に抱かれた赤ん坊が、再び甲高い声を上げて泣き始める。
 あさとは、無意識に歩き出していた。今度は、アシュラルもそれを止めなかった。
「……クシュリナ」
 ユーリはゆっくりと顔を上げる。忘我した……まるで、夢でも見ているような眼をしていた。
「抱かせて……」
 あさとは言った。燦然と輝く美しい銀の髪。雪よりも白い肌をした赤ん坊だった。
 かつて誰よりも大好きで、そして大切だった友達の手から、その柔らかな命を抱きとり、あさとは、胸がいっぱいになった。
「……可愛い」
 頬ずりするようにして、揺すってやる。子供はすぐに泣きやんだ。灰色のつぶらな瞳は、子供の頃のユーリそのものだった。
「本当に可愛い、ユーリの子供なら、びっくりするような綺麗な子が生まれると思ってたけど、本当だったね」
「……君のような、美人になるかな……」
 呟きは優しかった。
 少し驚いて顔を上げたが、あさとはすぐに頷いた。
「うん……美人に、なるよ…」
 彼の、寂しげな眼差しが全てだった。この子は、    ユーリの子供で、そして、私の産んだ子供では、ない。
「クシュリナ……」
 痩せた腕が肩を抱く。あさとは拒まなかった。彼を    救いたかった。彼の、あまりに寂しくて孤独な心を。
 そのまま、子供ごと、ユーリはあさとを抱きしめた。
「……君が…好きだった……」
「………」
「…許してくれ……」
「…………」
     ユーリ……。
「許すことなんて、なにもない……」
 本当だった。畏れても、嫌いになっても、    本当の意味で憎んだことなど一度もなかった。
「あなたを待つと言ったのに、……一緒に生きていくって、約束したのは私なのに」
 許してもらわなければならないのは私だ、謝らないといけないのは私のほうだ。
「あの時の、……私は」
 涙をこらえながら、あさとは胸に    ずっとずっと収め続けてきた感情を吐露していた。
「ユーリを傷つけるのが怖かった。……ユーリを傷つけて、自分が傷つくのが怖かった。……臆病で、卑怯で」
「……クシュリナ」
 優しい手が、髪を撫でる。
 溜まらず溢れた涙が、ユーリの肩を濡らした。
「あなたは……いつでも、私の、……一番大切な、友達だったのに」
「………」
 ゆっくりと、抱かれていた腕が解かれる。
 再び、子供をあさとの胸から抱き取りながら、ユーリの表情は静かだった。
「……君が好きだった。でも、本当に、女としての君を求めていたかどうか、今は正直に言うと、わからない」
 彼を取り巻いていた闇は、いつの間にか光に溶け、柔らかな月光が、二人の周囲を包みこんでいた。
「死んだ妹の面影を、ずっと君に見ていたせいかな」
 ふと苦笑したユーリの表情が、あさとがよく知っている幼馴染のそれに、戻ったような気がした。
 いや、気のせいではない。誰よりも誇り高くて、美しい、大好きだった友人が、今、再び目の前に立っている。……
「君は俺の憧れで、……目標で、全ての高みにいなければいけない存在だった。俺が勝手に偶像をつくりあげ、そして、勝手に夢を見ていた」
     ユーリ……。
 あさとは心の中で呟いた。
 ユーリ、    ごめんね。本当にごめん。いい加減な態度をとり続けて、あなたを惑わせたのは私だった。
「多分、俺は一度も、君を生身の女として見ることができなかったんだろう。君が俺の子を産むはずがないことを……何よりも俺が、一番よく知っていたから」
     え……?
 思わず顔を上げると、ユーリはわずかに微笑した。
 そのまま顔をめぐらせ、あさとの背後に立つ男に視線を向けた。その瞳に    ユーリらしい、どこかいたずらめいた輝きが戻っている。
「アシュラル、さっさと彼女を抱いてみろ。俺の話がどこまで本当か、自分で試して見るんだな」
「余計なお世話だ」
 アシュラルが憮然と答える。
 あさとは、胸がいっぱいになったまま、何も言葉にすることができなかった。
 夢のようだった。ずっと苦しみ続けていた悪夢から、今    たった今、解き放たれたのだ。……
 アシュラルだけではない、ユーリとの友情も、今……取り戻すことができたような気がする。
 が、微笑していたユーリは、ふと表情から笑みを消し、そのまま静かに背を向けた。
「俺を捕まえるなら、好きにしてくれ。どのみち、もう、逃げるつもりはない」
「そんな余裕があるように見えるか」
 アシュラルの冷やかな声がした。
「そんなことより、俺たちの子供はどこだ」
「…………」
 友人の背中は寂しげだった。あさとは、引き止めたい衝動に突き動かされ、胸苦しい思いで、それを押し殺した。
「見逃してもらえるなら、……まだ、やり残したことがある」
 ユーリは、しばらく黙った後に、はっきりとした口調で言った。
「………あの女に、俺自身の手で、罪を償わせる」
     サランナ……。
 ユーリはゆっくりと振り返った。灰色の光を宿した眼差しに、浸み入るような悲しみが満ちている。
「お前たちの子供は、サランナと一緒だ。必ず俺が取り戻す。それが唯一の罪ほろぼしだと思ってくれ」
「その子はどうする、お前の妻は」
「……妻は、銀の髪の子など、いらないと言った」
 ユーリの横顔が、これほど儚く見えたことはなかった。あさとは胸を衝かれ、言葉を失った。
「俺は、呪われた血を引いている。……蒙真に伝わる、忌獣を司る悪魔の血だ。俺の血を継いでしまった運命は、この子を末永く苦しめるだろう」
 抱きしめた胸の子に、ユーリは、愛しむように頬を寄せた。
「せめて、今だけは、……俺の傍においてやりたい」
 遠ざかる背中が、輪郭を失って行く。
 あさとは思わず叫んでいた。
    ユーリ!」
 後を追おうとした肩を、アシュラルが強く抱きとめた。
 鷹宮ユーリの姿が闇に滲んだ。
     さようなら、クシュリナ。
 そんな声が、最後に聞こえたような気がした。
 
 
              12
 
 
    行くぞ」
 ユーリの姿が闇に消えると、アシュラルはあさとから手を離し、あっさりときびすを返した。
「何処へ行くの?」
 さっさと騎馬の用意を始めるアシュラルを見上げ、あさとは訊いた。
「とりあえず、お前を法王軍に送り届ける」
     とりあえず?
「アシュラルは、どうするの?」
「サランナを追う」
 兜を手に取りながら、アシュラルは冷然と言った。
「ユーリは、サランナと決着をつけるつもりだろうが    サランナは、それほど甘い女じゃない」
     アシュラル……。
 眉を寄せたあさとは、ふとけげんに思っている。
「今まで……サランナと一緒だったんじゃないの?」
「いや、俺はユーリの館に囚われたまま、サランナには一度も会わせてもらえなかった。サランナに引き渡されていたら、    まず、ここには立っていられなかったろうな」
「ユーリが……」
     もしかして、護ってくれたのだろうか、アシュラルを。
 ユーリとアシュラル。
 二人の男の運命も、また不思議な双曲線を描いている。
 実際に邂逅したのはごくわずかな時間なのに、生まれる前から見えない宿縁で結ばれていた。    その因果は、どこに繋がっているのだろうか。
「言っておくが、何もかもお前のせいだ」
 不意に怒った声でそう言うと、アシュラルは黒斗を呼び寄せた。
 美しい黒馬は、それまでウテナに寄り添っていたが、主人の声を耳にするや、疾風のごとく駆けもどってくる。
「えっ、私のせいって」
「俺にもあの男にも、いい顔を見せるから、こんな面倒なことになる」
「そ、……」
 確かに図星だが、そんな言い方はないと思う。が、アシュラルは構わずに黒斗に飛び乗った。
「何をぐずぐずしてる、行くぞ」
「………」
「それとも、お前一人で山を降りるか」
 アシュラルの冷淡さに、あさとは言葉を失くしたまま、自身もウテナを呼び寄せた。
 話したいことが色々ある、聞きたいことも色々ある。自分の子供だと、俺の妻だと    そう言ってもらえて嬉しかったと、今、一言でも、彼に伝えたいのに。   
「とにかく早くしろ、サランナは今」
 頭上の彼の声が、ふいに途切れた。
「……アシュラル?」
「なんでもない」
 彼は、片手で固く、自分の口元を押さえていた。
     何……?
 動かない指の隙間から、闇の中でもはっきりと判る    血の雫が、一筋、二筋糸を引く。
「アシュラル!」
 そのままの姿勢で、アシュラルは込上げる苦痛に耐えているようだった。
 やがて耐えかねたように自らのクロークに顔を埋めると、彼は激しく吐血した。
    黒斗!」
 あさとは黒斗に脚を折るように指示すると、自分の目線まで降りてきたアシュラルの肩を抱きとめた。
「馬鹿、騒ぐな、大したことじゃない」
 手の甲で唇の血を拭い、彼は気丈な眼差しを上げた。額に薄い汗が浮いている。呼吸は細かく、触れた首すじは熱を帯びていた。
 あさとは、自分の手が震えるのを感じた。
 彼の掌を濡らすのは、闇にも鮮やかな鮮血だ。ロイドは    なんと言っていた? この病気の末期になると、患者の吐血は、鮮血状になって    そうなれば、時間の問題だと。
「サランナには逃げ場がない。この先にある蒙真家の廃城に、彼女はまだいるはずだ。多分ユーリも、その館へ向かっている」
 アシュラルはそう言うと、立ちあがる素振りをみせた。
 あさとは身体ごと抱くようにして、彼を止めた。
「……なんの真似だ」
「………」
「何故、そんな目で俺を見る」
 アシュラルは腹立たしげに言うと、あさとの腕を振り解こうとした。彼の身体から、濃密な血の香りがする。
「駄目!」
 あさとは必死で、その腰を抱きとめた。
「サランナの所へは、ラッセルが向かっているはずよ。お願い、あなたはここから動かないで」
「奴ではサランナを説得できない」
 強く振りほどかれる腕。けれど、あさとは懸命に彼の身体にしがみついた。
「駄目、絶対に駄目!」
「いい加減にしろ! 俺が何のために行くと思ってるんだ!」
 子供のためだ、それは判っている、でも、それでもあさとは叫んでいた。
「絶対に駄目、    そんな身体で何ができるの!」
「………」
 アシュラルはあさとを見下ろした。形良い眉に、はっきりとした怒りが浮かんでいる。
「何を聞いたか知らんが、安い同情なら、聞きたくもない」
 その口調に怖いものを感じながら、それでも祈るようにあさとは続けた。
「お願いだから、……お願いだから無理はしないで、無理をして、死んでしまったらどうするの」
「……どうする?」
 鋭い目だけで、薄く笑う。その冷たさに、彼を抱く腕を思わず引いてしまっていた。
「死んだ人間に、その後のことが、どうにかできるとでも思っているのか」
「………」
「後のことはラッセルに任せてある。お前はそのまま、奴の妻に収まればいい」
     どうしてなの……。
 どうして、そんなことを言うの? どうして、    私を拒絶するの?
 確かに分かり合えたと思ったのに、アシュラルの心に触れたと思ったのに。
 ざっと、周囲の空気が、突然変わった。
 全身に緊張をみなぎらせたアシュラルが、腰の剣に手をかける。
 あさともようやく理解した。二人を囲む森の闇に、騎馬の群れがひそんでいる。   
「……お前には僥倖だが、俺には最悪の展開だな」
 アシュラルを抱き支えるあさとの耳に、彼の、苦笑交じりの声が聞こえた。
 騎馬が距離を詰めてくる。
 その時にはあさとにも、彼らの正体が判っていた。灰銀の甲冑、兜をたてがみのように飾る獣の毛。
      灰狼軍……。
 フォード公率いるアッシュウルフ。
 彼らが、いかに法王アシュラルを憎悪しているか    それを知っているあさとは、ただアシュラルの身体を強く抱きしめる。
 二人の前に立ちふさがった黒斗が、吼えるように嘶き、漆黒のたてがみを燃え立たせた。
 が、その時、無情にも二度めの発作がアシュラルの喉を痙攣させた。苦悶の指で地面を掴んだアシュラルは、そのまま、血を吐きながら顔を伏せる。
    アシュラル!!」
 ざざざっと、木々が割れ、頭上から何かが降ってきたのはその刹那だった。
 アシュラルを抱いたまま、あさとは今度こそ凍りついていた。
 以前も、同じことがあった。あれは白蘭宮で    音もなく、いきなり現れた刺客に囲まれた。
 今も、あさとの目の前には、あの日の悪夢の再現のように、異様に背の高い、四人の男が立っている。身体全体をすっぽりと覆う黒いケープ。闇にぎらぎらと輝く鋭い双眸。
 まるで、幻でも見ているような気分だった。
 何故、彼らがここに現れたのだろう。
 蒙真の……暗殺部隊(カマラ)……。
 あさとは、アシュラルを庇うようにして前に出た。
 死なせない……何があっても、私がこの人を守るんだ。
 カマラが、ケープを翻す。灰狼軍が、一斉に長剣を抜きはらった。
 
 
                
 
 
 
 
 
 
 

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