4
 
 
 開かれた門扉から宮殿内に入ると、中は、さらに悲惨なありさまだった。
 煙と焔が立ちこめる中、あさとは口を抑えて中に進んだ。
「アシュラル!」
 略奪と逃げ惑う人々で、宮中は混乱していた。
 階段を駆け上がり、声を限りに叫び続けた。
「アシュラル、どこなの?!」
 どこなの? どこにいるの?    焦燥で胸がつぶれる。こんな状況で、アシュラルと子供は、本当に無事でいるのだろうか。
「王家の方々は、皆様、もう、ご避難されました」
 すれ違い様に、女官らしき中年の女性が、声をかけてくれた。
 彼女は蒼白な顔をして、腕いっぱいに大きな荷物を抱えていた。どこかで見た顔だと思った。
「あなたは以前、アイラ様のお館に滞在なされていた方ではございませんか」
 女は言った。アイラとは、サランナがここで通していた別称のことだと、あさとは思い出した。
「国王のご家族は全て、つい先刻ここを引き払っていかれました。アイラ様も一足先に、別の馬車でお逃げになられているはずです」
 やはり、そうなのだ。
 あさとは、絶望で視野が暗くなるのを感じた。
 脱出の機会を得るために、ユーリとサランナは天摩宮を封鎖して時を待ち    そして、忌獣を出現させたのだ。
 では、アシュラルは?
 アシュラルと私の子は?
「片目を隠した男の人が、一緒ではなかった?」
 あさとは咳き込むように聞いた。
 女は、これ以上何も知らないとでもいう風に首を振る。
 外で、再び、大地を震わす爆音が響いた。闇に、雷光のような閃きが走る。
 悲鳴と怒声。土砂が崩れるような音がして、何かが激しく砕け散る。
「赤ん坊は?!」
 悲鳴を上げながら去っていく背中に、あさとは声を限りに問いかけた。
 女は振り返りもせずに、煙の中に消えて行く。
 呆然と立ち尽くしながら、あさとは必死で考えた。
 多分、アシュラルはここに残ってはいないはずだ。奪われた赤ん坊も、    そうだ、まだサランナとユーリは、安全圏に脱したわけではない。あの二人は、三鷹家にとっても最後の切り札なのだ。
 その時だった。雪崩のような大音量が外で響いた。
「法王軍だ、法王軍が来たぞ!」
     法王軍?
 昇降口から外の闇を見下ろすと、確かに天宮殿の敷地内には、法王旗がぎっしりとひしめていた。大門からぞくぞくと騎馬軍がなだれ込み、まるで黒い激流のように本殿の周囲を覆い尽くそうとしている。
     どうして……。
 信じられなかった。
 突如現れた巨大な忌獣は、天摩宮の城壁を破壊した後、陣を構える法王軍に襲いかかったはずだ。
 空を仰ぐ。気付けば、あれほどうるさかった爆発音は止み、夜には月が浮かんでいる。化物じみた忌獣の姿は、もうどこにも見えなかった。
     ラッセルが、攻撃を止めてくれたんだ。でも。
 だとしたら、この軍勢は、いったい何のために天摩宮へなだれこんできたのだろうか。
 どおん。
 地響きがした。
 あさとの視界、右端に映る塔が、半ばから破壊され、崩れ落ちる。
 もう一度。
 今度は、近かったのか、あさとは柱にすがったまま、前のめりに転倒していた。
「やめて!」
 声を限りに、あさとは叫んだ。
「攻撃をやめさせて!」
 地上の光景は、もはやこの世の地獄だった。
 宮を逃げようとする三鷹家の官吏、兵、侍従たちが、たちまち漆黒の法王軍に取り囲まれ、無数の槍で刺殺されている。新たな火の手は塔のあちこちで上がり、火砲が次々と撃ち込まれる。
「忌獣を操る魔物めが!」
「マリスの僕め、一人残さず殺してしまえ!」
 逃げ惑う兵士たちを次々屠る法王軍に、もはや、正義も志も見出すことはできない。
 半年余に及ぶ戦争の憎しみが、人の心を狂気で衝き動かしているのだろうか。果てしない憎悪の連鎖が、今、目の前で繰り広げられている。
 誰だろう。あさとは、必死で柱にすがりながら、闇の軍勢に目を凝らした。誰かがこの軍勢を指揮している。ラッセルではない、    誰かが。
 が、たちこめる黒煙のため、視界はますます悪くなる    その時だった。
      忌獣だ!」
「逃げろ、忌獣が出たぞっ」
 恐怖の悲鳴が、暗い夜をつんざいた。    忌獣? あさとは愕然とした。忌獣は消えた。空には、月光が輝いていたはずなのに。
「逃げろォオっ」
「入れ、建物の中に入れ!」
 混乱に陥っていた人の波がどっと動く。
 誰かが、宮の門扉を硬く閉ざしたようだった。閉ざされた空間には忌獣は出ない、それを知っている者が、外部からの侵入を防ごうとしたのだろう。
 外に取り残され、逃げ遅れた者は、一様に恐慌に陥っていた。
「入れろ、開けてくれ、助けてくれ!!」
「うわあああーっ」
 闇が、その塊が、異様な形に膨れ上がるのがあさとにも見えた。二体、三体、大きさは人の背丈ほどだが、無数に増えて蠢いている。魔の咆哮が幾層にも重なった。口を開いた魔獣は、法王軍、木犀騎士、誰彼問わずに飲みこんでいく。
 忌獣は、人の恐怖が形になるものだ、とラッセルは言った。恐怖に駆られた者にしか、その変形は見えないのだと。
     でも、どうして、何故忌獣が。
 あさとは空を見上げて、はっと息を引いた。
 煙が    宮殿から立ち上る黒煙が、月を覆い、周囲を闇に閉ざしてしまっている。
     馬鹿な……。
 絶望感で眩暈がする。あさとは、歯を食いしばるようにして階下に向けて駆け出した。
 やめさせなきゃ。
 救いを    意思が、用意してくれた救いを、人、自ら………。 
 再び、天を衝く砲声がして、激しい振動が宮殿を震わした。二度、そして、三度。
 その度に足元が揺れ、上階で、何かが砕け散る音がする。
「いけない、争っては駄目!」
 あさとは叫んだ。人々の恐怖は、今、最高潮に達している。その恐怖がまた、忌獣を呼び、心の闇を招くのだ。
 一階には、恐慌で正常心を失った人々が、扉の前で防壁を組んでいる。階下に降りるのを諦めて、あさとは露台から身を乗り出した。
 右往左往に逃げ惑う人の波、悲鳴、血しぶき、阿鼻叫喚の最中に、ひとつ、白い点のようなものが見える。
「………?」
 それは一頭の真っ白な騎馬だった。周囲とはまるで場違いの色彩が強く眼を引く。馬は怯え、嘶いている。乗馬している髪の長い    女性だ、黒のクロークを男のようにまとった女が、暴れ狂う馬の背で、なんとかそれを抑えようとしがみついている。
 ひどく華奢な女だった。夜目にも目立つ茶褐色の髪は腰まで伸び、白馬が暴れるたびに美しく舞いあがる。
     ウテナ……?
 あさとは眼を見張った。ウテナだ、あの馬は間違いなくウテナだ。
 どうして金羽宮に置いてきたはずの愛馬が、こんな場所にいるのだろう。しかも、乗っているのは   
 まるで    私だ。
 あさとの居る場所は中二階だった。地上までの高さは、命の危険を感じるほどではない。殆ど考える間もなく、露台の柱によじ登ると、そこから柱伝いに滑って飛び降りた。足首に嫌な痛みが走ったが、それに構っている暇はない。
 狂奔する人波を避けるように走り、白馬の傍へ駆け寄った。
    !」
 騎乗する女が、あさとに気づいて振り返った。恐怖に怯えた顔は、真正面から見れば、それが誰なのか、考えるまでもなかった。
 大人びた顔立ちは、すでに、少女というより女である。闇の中でも眼を引く美貌。腰まで長く伸びた髪。
「……ルナ」
 あさとは呟いた。
 ルナは、ものも言わずに眉をしかめ、あさとから顔を逸らした。
 その時、ウテナが棹立ちになり、ルナの身体が大きく跳ねる。
「ウテナ、落ち着け!」
 あさとは叫んだ。大人しいウテナまで、この場の恐怖に同調してしまっている。
 主の一括で、白馬は嘘のように静かになった。興奮を収め、懐かしい主人の存在に気づいたのか、駆けよってあさとの胸に鼻先を寄せる。
「ウテナ、行くのよ!」
 騎乗したままのルナは、もどかしく手綱を引っ張る。けれど、ウテナはびくともしない。
「動いて、ウテナ、逃げるのよ、忌獣が!」
 少女もまた、恐怖で恐慌を起こしていた。錯乱の態で、懸命に馬の背を叩いている。
「ルナ、落ち着きなさい!」
 あさとは、ルナの手を手綱ごと握りしめる。おびえた目が、はじめてすがるようにあさとを見下ろす。    が、それは一瞬で、すぐにルナは、狂ったようにウテナの背を叩き始めた。
「動いて、お願い、動いて!!」
     ルナ……。
 ウテナを抑えこみ、あさとは、ルナの背中を抱くようにして、その背後に騎乗した。
「いやっ、離して、いやぁっ」
 あさとが皇都を捨てて以来、ずっと女皇の代理を務めていたはずの少女は、痩せた体を憐れなほどに震わせている。
 その指から、手綱をもぎ取るようにして掴むと、あさとはウテナを反転させた。とにかく、ここから一刻も早くルナを連れ出さなければならない。
「いやっ、忌獣がくる、近くにいるっ」
 馬を走らせても、ルナの錯乱はひどくなるばかりだった。
「落ち着いて、怖がらなければ、決して追ってはこないから」
「いやっ、いやっ、いやっ」
 ルナはただ、全身を震わせながら首を振り続けている。
 あさとは厳しく鞭を打った。
 ウテナは人波を縫うようにして疾走を始める。
「来る……ついて来る!」
 顔を歪めたルナが、悲鳴のような声を上げる。
     ついてくる……?
 あさとは焦燥して背後を振り返った。自分の目には、何も見えない。
 ルナには見えている。そう、    それは、ルナの心にあるものだからだ。
 では、忌獣とは、目に見えるものと見えないものがあるのだろうか。
 自分の心を映したものと……、それ以外のもの。
 それは、同調した……恐怖?
 城壁は、殆どが破壊されていた。秩序を失ったタイランドの軍勢が、怒声を交わしながら敗走している所だった。
 すでに敵も味方もない。黒煙と焔が赤黒く周囲を染め、闇から生まれた恐怖が形になって、逃げ惑う人の心を飲みこみ続けている。
 この戦、三鷹家の    いえ、マリスの勝ちにございます。
 クロウの囁きが夜に響いた。
 これが、憎しみの果てにある世界なのか。それが、もう一人の雅が望んでいたものだったのか。
「聞け! 忌獣を畏れるな!」
 馬を引き、あさとは周辺に向って叫んだ。
    恐れるな、平静を保て、全ては心が産んだ幻だ。闘ってはいけない、怖がってはいけない!」
 この声が、どれだけの人の心に届いたのか判らない。
 再び馬に鞭を入れると、あとはもう振り返らなかった。
 
 
                5
 
 
 山際にある森の入り口まで駆けて、あさとはようやく馬を止めた。
 月明かりが、静かに周囲を照らしていた。溜息がもれた。もう    大丈夫なのだろうか。
 振り返った空は赤く燃えていた。天摩宮が、急速に燃え落ちようとしている。
 天をも焦がす眩しい焔は、目を射るほどに眩しかった。皮肉なようだが、それが人々の恐怖を、癒しているのかもしれない。
 気がつくと、前に座るルナの肩は、もう震えてはいなかった。
 が、頑なに背を向けたまま、一言も喋ろうとはしない。
「………」
 あさとは再度、ウテナの背を打ち、森沿いに山道をあがるようにして走らせた。ルナを、安全な場所まで送り届けなければならない。王都の位置関係は記憶している。この先に、法王軍が駐留していた場所があるはずだ。
 が    、至るところに夜営の後が残されてはいても、騎士はおろか、人の気配はどこにもない。
 まだ、篝火はくすぶり、汁器の類が投げだすようにして残されている。いやな予感がした。あたかも、大急ぎで逃げ出したかのようだ。   
 さらに奥へ進んだ時、いきなりその(・・)現場が、視界いっぱいに飛び込んできた。あさとは、驚愕で言葉を失った。
 無残に捻じ曲がり、踏み潰された天幕の残骸。手付かずのまま投げ出された食料の箱。泥に埋もれた剣と槍。そして、無数に散乱する法王旗    甲冑を着た騎士の亡骸。
 細長い山道沿いに、その残酷な光景が累々と続いている。
 身体を捻じ曲げる様にして転がる騎士たちの死に顔は、どの顔も苦悶に満ちていた。
 血と、そして腐敗した泥の匂いが、濃密に周囲に立ち込めている。
 忌獣だ   
 忌獣が、山に陣取る法王軍を襲ったのだ。
 あさとは震えながら、ルナの腕を握りしめた。
 一体どれだけの犠牲が出たのか、見当もつかないほどだ。ジュールは、    法王軍と合流しているはずのジュールは、一体どうなってしまったのだろう。
「……忌獣が…」
 低く、どこか怒ったような声で、ルナの背がようやく言葉を発してくれた。
「忌獣が、急に現れた、月があったのに、……突然」
「いつ……?」
「……少し、前」
「ルナは、その時ここにいたの?」
 少女は、こっくりと頷いた。
 今の、天摩宮での出来事とは、別に    ここにも忌獣が現れた、ということなのだろうか。
 ルナは続けた。
「……その時の忌獣は、何かを護ってるみたいに見えた。襲われて、みんな逃げた。その後を    馬車が、何台か、山の奥に向けて、駆けて行った」
     馬車……?
「……三鷹家の馬車だって、みんな言ってた。忌獣は、その馬車を護っているみたいに見えた……」
「………」
 ユーリだろうか。
 この山を越えれば、ウラヌス軍が停泊している港があるとラッセルは言っていた。
 ユーリとサランナが、山を超えてその港に向かっているのだろうか。
 忌獣が、ユーリを護っている……。あさとは暗然たる思いになった。そんなことがあるのだろうか。ではユーリは    忌獣を自在に操ることができるのだろうか。
「沢山の、人が死んだ」
 その時の恐怖を思い出したのか、ルナの背中が、また細かく震え始めた。
 あさとは視界を巡らせた。とにかく    この子を安心させなければいけない。
 山道から少し離れた森林の向こうに、難を逃れたらしい綺麗な天幕がある。
 近くまでウテナを進め、脚を止めると、あさとは先に飛び降りた。ルナに向けて腕を延ばす。
「……いい」
 ルナは、手を取ることを拒否して、自分一人で馬を降りた。
 月明かりが彼女の全身を照らし出し、あさとは再会して初めて、ルナと正面から対峙した。
 驚くほど背がのびて、手足は、すんなりと柔らかな曲線を描いている。身体の線も丸みをおび、細く締まった腰は、成人した女性そのものだ。
 長い睫に縁取られた瞳が、吸いこまれそうなほど鮮やかに煌いている。
     綺麗になった……。
 もともと綺麗な顔をした子だった。けれど、ここまで美しくなるなんて……。
 かつては、雅にどこか似ていた。けれど、今、ルナは彼女自身の美貌を得て、さらに、輝きを増している。
 そのルナの着ている衣装、髪型、乗っている馬。    あさとは、不思議な気持ちで目の前に立つ女を見つめた。
 まさに今、ルナ自身が、かつてのクシュリナになってしまったようだった。
「……今さら、何しに、戻ってきたの?」
 少女は言った。毒のある、敵意のこもった口調だった。
「もう、クシュリナの居場所なんて、どこにもない。私がクシュリナ、みんな、簡単に信じてる」
「ルナ、……とにかく、中に入ろう」
 あさとが言うと、少女はくっきりとした眉を上げ、激しく首を横に振った。
「そんなことしてる暇ない、法王様を探さなきゃ、見つけられなきゃ、なんのために攻撃をさせたのか、判らない!」
     ………。
 あさとは呆然と、目の前に立つ、女皇を代理する者の顔を見つめた。言葉を、一瞬なくしていた。
「……まさか」
 胸苦しい予感で、呼吸ができない。まさか、この攻撃は   
「ルナ、もしかしてあなたが」
     法王軍に、攻撃の命令を……。
 法王軍を動かせるのは、法王しかいない。けれど    この土壇場で、もし女皇の指示があったのなら。
「……そう、ルナがやらせた」
 ルナは低い声でそう言った。
「法王様を助けるには、もう、それしかなかったから」
     馬鹿な。
 あさとは震える拳を握り締めた。
 ルナは、そんなあさとを挑発するように、冷ややかな笑みを浮かべた。
「ジュールに言われて、嫌々引きうけた代役だけど、顔を隠すだけで、誰も私を疑わない。なんだか、馬鹿馬鹿しくなってきた。クシュリナの代わりなんて、誰にでもできるんだ」
「………」
「クシュリナが産んだのは、法王様の子供なんかじゃない、なのに、みんな振りまわされて、馬鹿みたい」
 あさとは手を振り上げていた。ルナの頬を叩こうとした。
 少女は避けようともしなかった。きっと顔をあげ、逆にあさとを強い眼差しで見つめ返す。
 自分を支配している感情は、なんだろう。と、あさとは思った。
 嫉妬だろうか、怒りだろうか。
 見あげる少女の眼には、あざけるような笑みが浮かんでいる。
「何を怒っているの? ルナがクシュリナになりすましたこと? それとも、クシュリナの代わりに、法王様に抱かれていること?」
「………」
 そんなことじゃない。
「もう、法王様は、ルナがいないと何もできない。彼は私のもの、クシュリナには返さない」
     そうじゃない。
「法王様、多分クシュリナを見ても判らないと思う。今のクシュリナ、全然綺麗じゃない、男の人みたい、法王様にふさわしくない!」
「………」
 ルナ……。
 あさとの中で、膨れ上がっていた感情が、ふいに飽和して、流れていった。
 ルナがひどく、愛しかった。
 こんなに必死に……護ろうとしている。敵意をむきだしにして、プライドまでも捨てて、    自分の愛した人を奪われまいとしている。
 私はどうなのだろう。アシュラルの顔を見分けられない私の    彼を想う心が、果たしてこの少女より勝っていると言えるのだろうか。
 それでも、あさとは、今、ルナを殴らなければならないと思った。
 この子が憎いからではなく、愛しいからこそ    犯した罪の痛みを、少しでも癒してやらなければならないと思った。ルナは    これから一生、今日の罪を背負って生きていかなければならないのだ。
 渾身の力で、頬を思い切り平手で叩いた。ルナは、やはり避けなかった。歯を食いしばるようにしてそれを受けた。
「ルナ    !」
 あさとは、その痩せた体を抱きしめていた。
 この子は    一体いつから、戦場に同行していたのだろうか。
「……大変だったね」
 まだ、十四かそこらなのに。
 なのに、今まで、あさとに代わって、どれほどの重圧を背負わされていたのだろうか。
「……ごめんね、ルナ」
「………」
「ごめんね……」
 頑なだった肩が、揺れている。それは自然にあさとの胸に倒れてきた。
「ルナは、……悪いことは、していない」
 懸命に、自身を支えようとしている声だった。
「……法王様は、三鷹ミシェルに囚われている。助けるには、それしかなかった」
 あさとは黙って、その肩を抱きしめた。
「忌獣は三鷹ミシェルを護ってるみたいだった。このままだと、法王軍はみんな死ぬかもしれない。そしたら、誰が法王様を助けるの?……だから、ルナは山を降りた。法王軍に、敵を攻撃するように命令した」
     ルナは……。
 あさとは、滲みそうな涙を堪えて、ルナの髪に手を置いた。嫌がるかと思ったが、ルナはそのまま動かなかった。
     こんなにか弱いのに、たった一人で、……アシュラルを助けるために。
「ごめんね……」
 何を謝っているのか、あさとにも判らなかった。
「ルナ、本当にごめんね」
 自然に涙が頬を伝い、ルナの肩に滴った。
 ルナもまた、声をたてずに泣いていた。
「クシュリナ……ごめん」
     ルナ。
「本当はずっと、謝りたかった。……クシュリナのとこに、戻りたかった……」
 小さな手が、すがるようにあさとの手を握り締めている。
 あさともまた、強い力で、少女の手を握りしめていた。
 ルナ     一人にはさせない。私が、ずっと一緒だから……。
 その時、山道の下方から、轟音と共に、激しい土ぼこりが近づいて来た。
 少女の顔が、恐怖に歪む。
「忌獣?」
「違う」
 騎馬の群れだ    あさとは、ルナを自分の背後に回し、身構えた。
 
                
 
 
 
 
 
 
 

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