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「何が見えますか?」
「……赤い、壁に、色んな絵が書いてあります。天井がすごく高くて、とても広い……肖像画とか、ぴかぴか光る鎧とかが飾ってあります。 まるで西洋史に出てくるお城の中みたいな感じ」
「そこに、あなたはいるんですね」
「はい……。椅子に、座っています」
「あなたは、いくつですか」
「……判りません、だけど、……とても幼いみたいです。十歳くらい、ううん、もう少し幼いかもしれない」
「自分を見て、それからどんな服を着ているか言ってみてください」
「髪は……長くのばして、二つに分けて編みこんでいます。髪の中にビーズみたいなきらきらしたものがいっぱい埋め込んであって、とてもきれいです。服は薄い桃色で、レースと……やっぱりビーズみたいなものが、たくさんくっついていて、ふわっとふくらんだ長いスカートで、……頭から、ヴェールのようなものを被っています」
「あなたはそこに住んでいるのですか? それとも、そこに連れてこられたのですか?」
「いえ、ここは私の住んでいるお城です。ここは、……キンパキュウと呼ばれる、私が生まれたお城なんです」
「キンパキュウ? それは、どこにあるのか、あなたは知っていますか?」
「……わかりません、一面の緑が見えます。山の向こうにお城が見えます。お城から河が伸びていて……その先に、広い広い海があって……帆船がいくつもその河を昇ってお城に向かっているように見えます。……きらきら光って……金色で……童話の中の、……夢の世界のお城みたい」
「あなたの名前は?」
「わかりません、何処にも名前は書いてないみたい」
「あなたには、家族がありますか」
「お母様とお父様がいます。……お母様はこの国の女王で、とても怖い人です。お父様はとても厳しい人です。それから、……私の傍には、いつも誰かがいてくれました」
「それは誰なのか、思い出せる?」
「今も、私の背後に彼が立っています。私をずっと護ってくれる騎士で、……ラッセルという声が聞こえます。……ラッセル、黒い髪で、とても……背の高い人です」
「あなたの知っている顔ですか?」
「はい……いいえ、私は彼を知りません、どこかで会ったような気もするけど」
「あなたは思い出します。彼の目を見て」
「……ああ、琥珀? 彼は琥珀だわ。すごく、良く似ています。私はラッセルが子供の頃から好きでした。いつも、何処へ行くにも彼と一緒でした」
「彼とあなたは、恋人同士の関係だったの?」
「いいえ……私はまだ、子供でしたから」
「では、少し年齢を進めてみましょうか。……ゆっくりと……そう、思い出してみてください。今、何が見えますか?」
「彼が……います。きれいな肌がすごく近くにあって、……滑らかで、さらさらして、私の身体に直に触れている感じです。……すごく……熱くて……息苦しくて……」
「二人は、恋人になったということですね」
「はい……。いいえ、いいえ、いいえ。 彼は優しくて、私の言うことならなんでも聞いてくれました。だから、私……」
「恋人ではなかった?」
「そうです、単に私を愛するように命じたんです。彼は従いました 私は、……悲しくて、哀しくて、やりきれなくなりました。だって、彼は私のことを愛してはいないんです。それなのに、私は彼に」
「それで……?」
「結局……彼は、誰か別の人と結婚してしまったんです。私のよく知っている女と、……誰なんだろう、ここにはいないみたい。でも私はその女のことをよく知っていて……すごくよく知っていて……彼女のことが嫌いなのに、好きなんです。好きなのに嫌い。……不思議な気持ちがします。だけど……やっぱり私は彼女を憎んでいて」
「それから……?」
「………」
「どうしたの? それから何があった?」
「……ラッセルは、私のことを嫌いになったんです。最後は……きっと、憎んでいたのかもしれません」
「それは、どうしてなのか判る?」
「……私が……彼の、大事なものを壊してしまったから……、わからない、思い出せません。苦しくて……息ができない感じ……」
「リラックスして、大丈夫ですよ。その理由を、ゆっくり思い出してみてください」
「わからない……駄目です。苦しくて息ができない、すごく苦しい感じ」
「落ち着いて」
「また、別の声がします。……すぐ傍に誰かが立っています。……アシュラル? そう呼ばれています」
「その人は、あなたの家族ですか?」
「いいえ……婚約者、です。思い出しました、私はその人が大嫌いなんです。浮気で、野心家で、最低の男です」
「他には、誰がそこにいますか?」
「……誰も……、いえ、お父様が」
「お父様?」
「お父様が、私を」
「落ち着いて、大丈夫だから」
「……私を、何度もぶつんです。私が悪い子だから、私が言うことをきかないから。鞭で、何度も、何度も何度も何度も、痛くて……痛い、痛い」
「落ち着いて、思い出したくないことは、思い出さないでいいんですよ」
「お母様は私を憎んでいて、何度も殺そうとしました。……今も、あの人の手が、私の首にかかっています。あの人は、私とお父様の仲を誤解してるんです。……息が、詰まって、苦しくて、………あっ」
「先生、少し中断しましょうか」
「まって、今催眠を解いたら、かえって危険だから」
「落ち着いた? お母さんは、今はいない?」
「……妹のところへ行ってしまいました。お母様は、妹を溺愛するんです。それはとても可愛がるんです。妹は私を軽蔑していて、いつもいやがらせばかりします。口を聞いてもくれません」
「あなたの家族関係は、上手く行っていなかった?」
「そうですね……多分、そうなんだと思います。妹は、アシュラルと恋人のようにべたべたしています。……ああ、また彼がいます。私を冷たく見つめています。 ここは、何処?」
「彼って、ラッセル? それとも、アシュラル?」
「彼は……、待って、彼も琥珀なんです。彼が琥珀かもしれない、すごく似てます、髪の感じまで同じです!」
「落ち着いて、彼とは、誰ですか」
「アシュラルです。とても背が高くて、いつも怒ったような顔をしています。本当に琥珀と瓜二つです。そっくりすぎて怖いくらい」
「似ているといっても、彼は……どの国の人のように見える?」
「日本人です。だって、ここはもともと日本なんです。言葉だって日本語ですから」
「……そうなんだ。それで、彼は何をしているの?」
「彼が、私の手をひっぱって……ひきずって……私はとても、おびえています、……怖い、怖い」
「落ち着いて、大丈夫ですよ」
「血が、血の味が、血が、口の中に、いやっ、いやっ」
「大丈夫、大丈夫ですから」
「いや……いや、いや、いや」
「本当に大丈夫、なんでもないんですよ」
「いやーっ、……あっ……」
「どうしました?」
「………」
「どうしました? 私が言っていることが判りますか?」
「………」
「今、自分が何処にいるのか、わかりますか」
「……何処にも、いない」
「え……?」
「海の底……」
「あなたは、死んでしまったということですか? 海で?」
「ガラスの、中……」
「様子がおかしいですよ、先生、」
「そうね、中止したほうがいいみたいね」
「落ち着いて、今から、ゆっくり催眠を解きますからね。リラックスして、さぁ、私の目を見て」
「………」
「身体の力を抜いて……息を吸って……吐いて……そう、ゆっくりと数を数えますよ。目が醒めたら、あなたは、何も覚えていません さぁ、これを見て」
十、九、八、七、……。
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