十一
「雅流、今日から、住み込みで女中さんを一人雇うことになったのですよ」
御園がそう切り出すと、雅流は見えない目をすがめ、あまり関心なさそうな顔で「そうですか」とだけ言った。
「しずさんと言って……口が不自由な方なのですが、若い頃三味線をたしなんでおられてね」
そのしずは――いや、その条件のもとで、御園が無理に連れてきた志野は、畳敷きの部屋に手をついて頭を下げている。
ひどく緊張し、雅流の前に引き出されたことを後悔しているのがありありと判る蒼ざめた顔。それを、わずかもあげようとはしていない。
「譜の読めないお前に、これまでは私が何度も弾いて聞かせたり、口で教えたりしていましたが、これからはしずにお願いしようと思うのですよ。口三味線は無理ですが、腕は確かな娘のようですから」
口三味線とは、三味線の音を口で表現することをいい、一の糸はトン、二の糸はテン、重音はシャンチャンなどで言い表す。
一曲が三十分以上ある三味線の演奏は、基本的に暗譜で行われる。譜を全て記憶しなければならないのだが、もとより譜面の読めない雅流にそれを覚えさせるのは、何度も口三味線を繰り返し、演奏を繰り返し聞かせてやるしかない。
雅流は飲み込みが早かったが、同時にこだわりも強かった。時には何度も、同じ箇所を繰り返し弾くよう求められたこともある。実際、体力の衰えた御園には、相当な負担を伴う作業になっていたのは確かだった。
「ほんの少し」
慎重に言葉を選びながら、御園は続けた。
「志野に、弾き方の感じが似ているのですよ。ですから、口がきけないということですけれど、この方にお願いすることに決めたのです」
視力を失った者というのは、自然と勘が鋭くなるものなのか、察しのいい雅流が不審に思う前に、あらかじめ刺した釘のつもりだった。
「そうですか」
母の説明に、一瞬確かにけげんそうな顔をしたものの、雅流はすぐに頷いた。
「……わかりました、では、今日からよろしく頼みます」
十二
「なあに……あの顔」
使いに出る志野を見送った鞠子は、露骨な嫌悪を目許に浮かべ、義理の母を振り返った。
気の早い鞠子は、電話の話を半ばまで聞くと、すぐに車に乗って御園の家まで押しかけてきたのだった。
御園は、口実を作って志野を使いに行かせ、鞠子は家の中に入れず、隣家の軒先で立たせたままにした。その扱いも不満だったのか、鞠子はかみつくように母親を睨みつけた。
「ちょっと、お母様、冗談でしょう? あんな年増の傷者を、まさかと思うけど、あのまま雅流の傍におくつもりじゃないんでしょうね」
「まぁ、話をしまいまでお聞き、お前はせっかちなんだから……」
なるべく感情を抑えて話したつもりだったが、話が進む内に、鞠子の顔から怒りが解け、目はみるみる潤み出し、最後の方はハンカチで鼻をかみだす始末だった。
「……まぁ、あの子の顔は……髪で額を隠して、化粧でもすれば、目立たなくなると思うけれど」
志野にすっかり同情し、そんなことまで言った鞠子は、それでも不安そうに眉を寄せた。
「今となっては、雅流の目が見えないことが幸いという他ないのかしら……志野のことはとても気の毒だと思うし、お母様の気持ちも判らないでもないけれど、いくらなんでも、もう無理よ。雅流はまだ若いし、いくらだっていい縁談があるのに……あの娘は、もう子どもが二三人いてもおかしくない年なんだから」
黙る御園に、たたみかけるように鞠子は言った。
「私だったら、耐えられないわ。志野なら余計、もし雅流にそれと知られれば、すぐに出て行きそうな気がするわ」
判っている。それは最初から不安に思っていたことでもあった。
仮に――仮に、志野の年齢や容姿を含め、それでもいいと、雅流が言ったとしても、前と同じで、志野がかたくなに固辞するだろう。いや、それ以前に、もし雅流に、しずという女が――志野であることが知れてしまえば、やはり志野は出て行ってしまうだろう。
「正直言えば、あまりいい方法とは思えないわ。目の見えない雅を騙して、志野を傍におくなんて……」
帰り際、鞠子は眉をひそめたままで囁いた。
「雅には見えなくても、他の人には見えているのよ。永久に隠し続けるなんて不可能よ。それに雅の縁談が万一まとまったらどうするの? 雅の気持ちも志野の気持ちも、お母様は本当に確かめられたの?」
憂鬱な思いを抱いたまま、御園は鞠子と別れ、その足で薫の家に向かった。
様々な問題が山積していることも、志野が決して、本心から乗り気でないことも判っているつもりだった。それでも今の御園には、こうすることが二人のためだし、問題はいずれ解決されると、ただ信じるほかなかった。
久々に尋ねて行った家では、薫は外出中なのか、留守居をしていた綾女が内職仕事をしている最中だった。
「志野さん……ご結婚されておられなかったんですか……」
話を聞いた綾女は、絶句したまま、しばらく微動だもしなかった。
そして、震えながら手をついて頭を下げた。
「申し訳ありません……私、何度も本当のことを打ち明けようとしたんです……でも、志野さんのお気持ちもわかりましたから……このまま、そっとしてさしあげるのが一番よいと思ったんです」
志野から、野菜などの物資を引き渡されていたのは綾女だった。予想していた通り、綾女はそれを固く口止めされていたようだった。
綾女の人柄の良さを知っている御園に、とやかく思う気持ちはなかったが、綾女は強い責任を感じているようだった。
しばらく青い顔でうつむいていた女は、やがて途切れがちな声で語り始めた。
「本当のことを言います……私……お酒に酔ったあの人から聞いてしまったんです。薫さん、志野さんは絶対に雅と結婚なんてしやしない、できないって笑ってらして……その笑い方が、どこか妙だったものですから、私、覚悟してお聞きしたんです。そうしたら」
その後、綾女の口から聞いた忌わしい出来事を、御園はなかなか受け入れる事ができなかった。なんということだろうか――薫が、そして、まさか雅流まで絡んでいたとは。
それでは、志野が絶対に承知しなかったのも無理はない。いくら雅流に好意を抱いていたとしても――目の前に、同じ家の中に、自分を蹂躪した者が兄として残っているのなら。
薫さんを責めないでください。
けれど綾女は、そう言って涙ぐんだ。
「何もかも私のせいなんです。そして……こういう言い方をしていいのなら、薫さんもまた、どこかで志野さんに惹かれていらしたのだと思いますわ。志野さんのことを語る時の、投げやりな言い方や、怒ったような目から、私には判りました……私、そういうあの方がなんだか哀れで、愛しくて、それで、ずっとおそばにいようと思ったんです」
何もかも、私のせいなんです。
綾女は涙を拭いながらそう繰り返した。
誰が薫を――そして綾女を責めることができようか。突き詰めれば若い日の過ちで、夫以外の男と関係を持ち、そして雅流を身ごもってしまった自分が全ての元凶ではなかったか。
薫と綾女の婚約を決めたのは死んだ櫻井伯爵だった。あれは――今思えば、妻の不貞への無言の抗議だったのだろう。不義の相手が生んだ娘が嫁としてやってくる。御園に罪を忘れさせないために、死んだ夫が仕組んだ一種の復讐だったのだろう。
復讐の犠牲になったのが雅流だった。いや、雅流であり、御園が実の子より愛した志野だった。
(――今となっては、雅流の目が見えないのが幸いというほかないのかしらね――)
そのとおりかもしれない。
帰りの車の中で、疲れきった足を休めながら、御園は暗い気持ちで考えていた。
志野は、決して雅流を受け入れはしないだろう。そんな志野を雅流の傍に引き留めておいて――それは、あの娘にとっては、むしろ不幸なのではあるまいか。
鞠子の言うとおりだ。雅流にしても、いつまでも独身を通すとは限らない。その時、志野はどうするだろう。自分は――あの薄幸の娘を再び傷つけるために、呼び戻したようなものなのだろうか。
「……志野、許しておくれ」
御園は低く呟いた。
それでも御園は、もう志野を手放したくなかった。雅流との縁は絶たれたとしても、どうにかして、志野を幸せにしてやりたかった。それがかつての自分の罪に対する贖罪だと――思っていた。
十三
「そこをもう一度弾いてくれ」
はい――という言葉が思わず出そうになる。額の汗を拭い、志野は再度撥を握り直した。
譜面通りに、自分の色を極力押さえ、ただ無心に撥を動かす。
目の前に座る男は、じっと目を閉じて、三味線の音色に聞き入っている。
まるで、別の方のようだ――。
志野は、影になった雅流の顔を見つめた。
六年前の、黙って立っているだけで感じられた、荒々しさや猛々しさはどこにもない。逆に、手足の隅々にまで澄んだ落ち着きが滲み出ている。
目が見えていないせいだろうか。一点に定められたまま動かない瞳。それはただ静かで、そしてどこか寂しげに見えた。
自分の名を聞いても眉ひとつ動かさなかった雅流は、戦中、戦後と、多くの困難と苦境を切り開き、すでに過去のわだかまりなど、跡形もなく捨て去っているのだろう。少し寂しくもあったが、同時にほっとしたのも事実だった。
(――もういい、俺がうぬぼれていた。俺が莫迦だった)
あの日の雅流の声を、表情を、志野はこの六年、一度も忘れたことがない。
まだ二十歳にもならない男の純情を、ああいった形で傷つけて、踏みにじった。二人の身分を考えると、雅流にしてみれば、耐え難い屈辱だったはずだ。どんなに恨まれ、憎まれても仕方ないことだと、志野は今でも思っている。
演奏の手を止め、雅流がふっと顔を上げる。
それが合図で、志野は、すかさず、手を一回叩く。
一度叩けば、「はい」もしくは「合っています」。二度叩けば、「いいえ」「違います」。
目の見えない雅流と、口のきけない志野。拱手を会話の代わりとすることは、御園が考えてくれた日常生活の決め事だった。
「ありがとう、もういい、下がってくれ」
稽古に集中している時の常で、その日の雅流も冷たかった。
志野は三度、手を叩いた。「お茶をお淹れします」
返事がないのは判っているが、御園から重々言い聞かされていることである。
(――雅流は稽古となると、飲まず食わずで、倒れるまでやめないことがありますから。嫌だと言っても、無理に休ませる時間を作っておくれ)
台所で茶を用意し、頃合いを見計らってから、盆に載せて稽古場に戻る。
ちょうど一曲弾き終えた雅流は、すでに心得ているのか、三味線を置いて、額の汗を拭っていた。
志野は膝を進め、定位置に茶の盆を置く。食事の給仕は御園がするから、志野にとっては、最も雅流と接近する瞬間である。
筋張った大きな手は、昔、志野の手から三味線を奪い取った時のものと変わらない。頬に触れ、涙を拭ってくれた無骨な指と変わらない。
互いの匂いさえ届きそうな距離に、緊張が解けた今でも、志野の指先は震えている。
「ありがとう」
志野はほっと息を吐き、引き下がって手を一度叩いた。
手馴れたもので、雅流は過たずに茶碗を手にし、丁寧な所作で唇に当てる。空になった茶碗を盆に置き、初めて少し不思議そうな目になったが「ありがとう」再度言って、それきり再び、雅流は、音の世界に没頭していった。
茶の味に問題でもあったのだろうか、と志野は気がかりに思いながら、盆を引く。寡黙な雅流の感情を読み取るのは、目の表情がないだけに、昔以上に難しかった。
立ち上がった志野は、ふと気づいて、縁側に抜ける障子を開けた。
締め切った室内は薄暗い。目の見えない雅流には、部屋の明暗などどうでもいいのかもしれないが、それでも暗い室内に、彼一人残しておくのは、ひどく寂しいことのような気がした。
稽古場を出た志野は、台所に立ち、昼食の支度を始めた。
窓から見える庭の銀杏が、気づけば黄色く色づいている。
――こちらに来て、そろそろひと月になるのかしら……。
最初は耐えがたかった雅流と二人きりの時間も、今では苦にならなくなった。
雅流は――実際、同居している志野には全く無関心だったからだ。目が見えない人というのはそういうものなのかもしれないが、雅流に至っては、同じ家に他人がいようといまいと、全く関心がないらしい。
――もしかすると、私の名前さえ、この人は覚えていないのかもしれない。
そんな風にさえ、思えてしまう。
それでも曲に行き詰まると、雅流は必ず志野を呼び、三味線を弾かせて、聞きながら覚える。曲をある程度飲み込むと、今度は逆に邪魔になるようで、そっけなく「もういい」と言われて退室させられる。
毎日は、ほとんど同じことの繰り返しだったが、気がつけば少しずつ、雅流の傍にいる時間が増えているようでもあった。
午後になり、お弟子さん相手の稽古の時間になると、志野は台所や外回りの掃除を始める。あまり、他人と顔を合わせたくないからだ。気をつけてはいるが、どこに昔の顔馴染みが混じっているか判らない。
雅流の弟子は、大半が年配の女性だが、二十歳前の若い女性も何人か混じっている。彼女たちが――雅流の目が見えないのをいいことに、どんな表情で何を囁き合っているか、志野はよく知っていた。
「新しい女中さん、見た?」
「見た見た、どんな方なのかしらって心配したけれど、あれじゃあ心配しなくていいわね。あの顔、恥ずかしくないのかしら」
化粧をすれば、ほとんど気にならなくなりますよ。
御園はしきりに勧めてくれるが、主人の供をして人前に出ることでもない限り、志野は傷を隠そうとはしなかった。隠さない事で、私はこう言う女で、二度と望みなど持ってはいけないのだと――強く自分に言い聞かせていた。
雅流の奏でる音色が、庭を掃く志野の耳にまで響いてくる。
目を閉じて、その一時、迸る音色に心を重ねる。
今日は……澄んでいらっしゃる。
毎日聴いている志野には判る。もの言わぬ彼の感情が――音色の落ち着きだけで、はっきりと伝わってくる。曲を習い始めた頃の苛立ちや焦燥は、もはや完全に消えている。
この一時、志野は確かに幸せだった。
夢を見てはいけないと知っている。永遠に続かないことも知っている。でも――。
それでも志野は感謝した。こんな時間を――くださった奥様に、全ての偶然に感謝した。
十四
雅流に、黒川を経由した縁談の話が持ちあがったのは、銀杏の葉が、黄から赤に変わり始めた頃だった。
「いいお話すぎて……どうしたものかしらね」
黒川から正式に写真を受け取って帰ってきた御園は、ただ、困惑しているようだった。というより、苦悩しているようでもあった。
――私のせいだろうか。
志野は苦い気持ちで考える。
黒川の家元を経た縁談なら、御園にも雅流にも断る不義理はできないだろう。
弟子たちのかしましい噂話によれば、相手は、大手の雅楽器店の令嬢であるという。結婚を機に、大きな稽古場をプレゼントしたい、そこでますます黒川流の三味線を世間に広げていって欲しい――もともと、黒川のパトロンのような存在だった社長は、そう言って、家元の前で土下座までしたという。
華族制度はなくなったといえども、雅流は旧華族、櫻井伯爵の息子である。その称号は、本人の意思とは無関係についてまわる。爵位を絶対的な権威だと思っている人たちにとっては、伯爵家の価値は今でも決して変わらないのだ。
「……志野、お前はどう思いますか」
二人きりのとき、御園は志野をきちんと本名で呼んでくれる。それでいて、雅流の前では、一度も呼び方を間違ったことがない。
年をお召しになっても、やはり奥様は奥様だ……そんなことを嬉しく思いながら、志野は繕い仕事の手を止めて振り返った。
「私は、むろん賛成でございます。芸能で身を立てるというのは、口で言うほど簡単なことではございませんから」
私などが口を出すことではないと――そう知っている志野は、控えめな口調で答えた。その反面で、これを機会に、自分の立場をはっきりさせておかねばならないとも思っていた。
「奥様、私のことでしたら、どうかお気遣いなさいませんよう」
御園の気持ちは、志野にはよく判っている。
本心では、御園は雅流の縁談を喜んでいるのである。母として当然であろう。盲目の息子の将来は、これで約束されたも同然なのだ。
御園を悩ませ、目に見えて痩せるほど憔悴させているのは、縁談が志野への不義理になると思い込んでいるからだろう。そのようなことはお考えにならなくていいのだと、志野は言葉を選び、心を込めて大切な主人に説明した。
「お前はそう言うと思いましたよ」
御園は寂しげに微笑した。意味が判るだけに、心苦しい。どうあっても自分の存在が、御園を思い悩ませているという事実が、胸を重くする。
志野は立ち上がり、「お弟子さんに、珈琲というものをいただきました、一度お召しになってくださいませ」気遣うように言って、台所に向かった。
「志野、お前は結婚するつもりはないのかい」
背中から、御園の声が追いすがる。
「私など、誰ももらってくれません」
わざと明るく答えると、わずかな沈黙の後で、御園は続けた。
「それはお前が思い込んでいるだけで、実は先日も、ある方からお話があったのですよ」
さすがに驚き、志野は手を止めていた。
「後添いのお話だけど、お相手は立派な官僚で、年はそうそうお前と変らないし……お子さんもおられなくてね。こちらの方がいい縁談すぎて、私は驚いてしまったのだけど」
「冗談でございましょう?」
振り返った志野が問うと、御園は疲れたように首を横に振った。
「本当なのですよ。ここに出入りするお弟子さんが、お前の働きぶりを見て、いたく気に入ったようでしてね。仲介の人が入って、それは熱心に見合いを勧めてくださるのです」
「お断りしてくださいませ」
両手をつき、志野は即座にそう言った。
「それは判っていますよ、ですから、一度はお断りしたのだけど」
御園は苦しげに溜息をつく。
「相手の方が、こちらにこっそりいらして、お前を見たそうなのです。どうにでも、結婚の話を薦めて欲しいと、たいそう乗り気になられたようでしてね」
「…………」
「お断りするべきなのかどうか。志野……お前は、ここにいて幸せですか」
御園は痩せた瞼を閉じ、己のこめかみに指を当てた。
「雅流のほうは、今度ばかりは縁談を断りきれないかもしれませんよ。何しろ黒川の父には、言い尽くせぬ恩義を感じているのです。……そうなれば、お前をここへ置いておくのは酷すぎる。私は……」
「奥様」
「私は、お前に幸せになってほしかっただけなのに……」
アルマイトの湯沸かしを火にかけ、志野は再び、御園の前に手をついた。
「奥様、私は幸せです。なんと言って奥様にお礼を申し上げてよいのか、わかりません」
「……志野」
お前は欲がなさすぎますよ。
何年か前と同じ言葉を吐き、痩せ枯れたような女主人は寂しげに笑んだ。
「結婚はいたしません。ただ、それは雅流様のためではないのです。私の、生きようだとご理解ください。雅流様に幸せになっていただきたい気持ちは、私も奥様と同じなのでございます」
志野は、はっきりとした口調で言った。
曖昧な笑みを浮かべたまま、御園は何も言わなかった。ただ額に手を当てて、疲れたような溜息を繰り返すばかりだった。
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