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 市内図書館のパソコンで、「三条守」「自殺」「暴力」で検索をかけてみると、数件の記事にヒットした。
 雪村に「ゴシップなんか二度と見るなよ」と言われたものの、どうしても先ほど目にした記事が気になってしまったのだ。
 これから会うことになるかもしれない人なら、なおさら、ゴシップでもなんでもいいから情報を集めておきたい。
 その雪村は別室の郷土コーナーとやらに行ってしまった。どうやら後藤家のことを調べるつもりらしいが、そんな個人情報が、果たして町の図書館などにあるのだろうか。
 さっきは、俺には関係ないとか言っておきながら――いいのかな、本当に。
 三条のことも気にはなるが、あれだけの土地屋敷に買い手がつかない理由も気になる。そのあたりのことを雪村が調べてくれているなら、これほど心強いことはないのだが……。
 成美は自分の意識をパソコンに戻した。
 ヒットした記事は、今は削除されていたり、概ね、最初に読んだ記事をコピーしたものばかりだったが、ひとつだけ目に付く――嫌な意味で――見出しがあった。

 自殺したのは三条守のかつてのセフレ
 
 ――なに、これ……。
 再び嫌な気持ちに囚われながら開いてみると、それは、ニュースを引用したブログ記事のコメント欄のようだった。記事元はすでに削除されている。

名無したろう
 自殺したのは三条守のかつてのセフレで、株式会社エックスフォーチューンの代表取締役の神崎香澄。
 エックスフォーチューンは、大人の玩具やエロ下着を輸入販売してるエロい会社

 香澄は、三条守の同級生で中学時代からの性奴隷。
 自殺の直接の原因は、拉致監禁ではなく、積年に渡る痴情のもつれらしく。

 
 
管理人
 ヮ(゚д゚)ォ! すごい情報ですが、あなたは関係者ですか。

 
 
名無したろう
 近い者です。香澄はヤ◯ザとも繋がりがあって、ヤ◯ザをつかって三条の女をやっちゃったんで、報復されたって噂もあります。
 また香澄のバックに凄腕の仕手集団がついていて、三条に大損させたという噂もあったりします。
 いずれにしても、女も相当真っ黒なタマのようです。

 
 
 それきり書き込みは途切れ、ブログ自体も2年以上前に更新が止まっているようだ。
「…………」
 なんかもう、すごく怖いというか、いやなんですけど。
 なんでそんな怖い人が、氷室さんがかつて暮らしていた家を買い取ったりしたんだろう。工事の人の話によると住む予定もなさそうなのに。
 ひどく嫌な気分で、画面左上の元に戻すアイコンをクリックすると、元の検索画面に戻る。雪村が戻ってくる前に画面を閉じようと思った成美は、そこで初めて、検索画面のトップに奇妙なワードが出ていることに気がついた。
 
 三条守 狂犬領主
 
 ――……? 狂犬領主……?
「だから、んなもん見るなっつっただろうが」
 背後でいきなり不機嫌な声がして、成美はびくっとして振り返っていた。
 むろん、立っている人は雪村である。
「おら、行くぞ」
「なにか、判ったんですか? てか、なんでそんなに怒って……」
「関係ないこっちが真剣になって、なんで当のお前が、呑気にゴシップ漁ってんだよ。普通に腹が立つに決まってんだろうが!」
 雪村は、椅子に座る成美を引っ張りあげるようにして立たせると、不機嫌そうにパソコンの電源をブチ切りにした。
「ちょっ、それはまずいでしょ」
「知るか」
 むすっとしたまま、雪村は背を向ける。成美は慌ててその後を追った。
 なんかよく判らないけど、まるで秋の空みたいだ。今日の雪村さんのごきげん模様は。
 駐車場に停めた車に乗り込むと、雪村ははじめて疲れたような息を吐いて、ネクタイを緩めた。
「……あの、何が判ったのか、聞いてもいいですか」
「道々話す。司書のおっさんが町の歴史に詳しくて、後藤家と三条家との関係についても教えてくれたよ」
 うわ、さすがは町の名士。本当に図書館で個人情報が判っちゃうんだ……。
「まぁ、聞くんじゃなかったと思うくらいけったくそ悪い話だったけどな。正直、氷室さんの失踪とは関係ないと思うし、聞きたくないなら俺1人の胸に収めとくけど、どうする」
 え、どうするって言われても……。
 正直、聞きたくない気持ちも確かにある。けれど、いくらなんでも、そんな嫌な話を雪村1人の胸に収めさせておくのは申し訳無さすぎる。
 その時、いきなりコンコンと音がして、成美と雪村は同時のその方に顔を向けた。
 見ると、無人の助手席側の窓ガラスを、見知らぬ初老男性が拳で叩いている。
「どうしました?」
 リモコンで窓を開けてから、少し驚いたように雪村が言った。
「いえね。お客さんが出て行かれてからふと思い出したんですよ。そういやぁ、あのお屋敷で働いていた婆さんが、最近地元に戻ってきていたな、と」
 多分だけど、雪村が色々話を聞いたという司書の人だろう。ごま塩頭の短髪で、いかにも人が良さそうな顔をしている。
「それは……向井さんと言われる方ですか?」
 雪村が戸惑いながらそう返すと、男はいやいやと言う風に顔をしかめた。
「向井さんなら、昔っからこの町に1人で住んでいますが、あの婆さんには何を聞いても無駄ですよ。石みたいに口が固い上に、頑固者で……」
「では、向井さんではない……元後藤家の使用人ということですか」
「そうです。いったんは他所の町に嫁いだんですが、旦那と死に別れてこの町に戻ってきたんです。古い時代の使用人ですから、後藤の家のことなら私なんかよりよほど詳しい。よければ先方に断った上で、連絡先、お教えしましょうか」
「いや……」
 迷うような雪村の目が、後部シートの成美に向けられる。
 そこまで調べる必要あるか? と多分その目はいっている。
 成美にしても何も言えない。雪村がこの男にどんな話をして、何を聞いたかまるで判らないからだ。
「実は、今日は急いで帰らないといけないんですよ。時間が取れそうもないので――また必要になったら、ご連絡させてもらっていいですか」
「ああ、わかりました。それでしたら、先ほど渡した名刺に連絡してください」
 にっこりと笑って、男は一礼する。そしてその眼差しを、後部シートの成美に向けた。
「奥様も、色々ご心配でしょうね」
 …………はっ?
 今、この人、なんつった?
「では、また何かあればご連絡ください」
 慇懃に礼をして去っていく男を唖然と見送った成美は、その表情のままで雪村を見た。





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Copyright2011- Rui Ishida all rights reserved.この物語はフィクションです。