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 不幸の連鎖というのは、どこまでも続いて行くものかもしれない。
「そうですか。じゃあ、次の公判までには、仰られる資料を揃えておきます。ただ、この案件は、もう保存年限が切れていますので――」
 淡々と語る雪村の声を聞きながら、成美は、ただ、黙ってうつむいていた。
 よりにもよって、雪村主査のお供――。
 松下弁護士事務所の来客用応接室。
 依頼人のために、何室も用意された部屋のひとつに、今、成美と雪村主査、そして松下芳郎弁護士が向かい合って座っている。
「急がせて申し訳ないね。よろしく頼むよ。雪村さん」
 話が終わると、70を超えた老弁護士はにこやかに会釈した。油気のない白髪といい、柔らかそうな赤みを帯びた肌といい、まさに、絵にかいたような好好爺。
 耳たぶも長くたれて、福があるというのはこういう人のことを言うんだなぁと、ついつい成美がうらやましくおもってしまう相手である。
「今日は、柏原さんはどうしたね?」
 その松下が、おっちらと席を立ちながら、ふと気付いたように言った。
「補佐は、別件で急な会議が入りまして」
 立ち上がった雪村が即座に答える。
「私と日高が代理です。日高は、ただ座っているだけですが、一年間は、こうやって新人を連れて回るのが法規係の約束ごとなので」
 う……。
 さらりと何かのついでのように、成美は雪村の刃で斬られていた。
「は、はは……。そういう言い方をしては、日高さんが可哀想だ。この書類だって、彼女が作成したのではないかね」
 優しい松下が、戸惑い気味にフォローしてくれる。
「日高が作成したものを、九割、柏原が上書きしたものがそれです」
 眉ひとすじ動かさず、雪村は再度、成美を斬った。
「……それはまた、なんとも」
 松下が言葉に窮したように成美を見る。成美は視線だけで、大丈夫ですとかぶりをふった。
 これが――たとえば、篠田やダブルオー、そして柏原補佐だったら、本当の意味で傷ついていたのかもしれない。
 雪村に関してだけは、成美にも多少の免疫がついている。
 何故なら、雪村は誰に対してもそうなのだ。ふっと気を抜けば、大地や織田だってずたずたに切り裂かれるし、篠田など何度も瞬殺されている。
「日高、せめてコーヒーを下げておけ。何の役にもたたないお前がただ飲みしたんだ。それくらいなら失敗せずに出来るだろう」
「い、いいんだよ。雪村さん。それはうちの事務の女の子がやってくれるから」
「いえ。日高に下げさせますので」
 きっぱりと言い切る雪村に、むしろ松下がたじたじになっている。成美は逆にほっとしていた。少しでも苦手な雪村から離れていたいからだ。
「いいんです、松下先生。あの、どこに持って行けばよろしいですか」
「……では、事務所の方に持って行ってくれるかね」
 ――そっか、事務所……って、入ったこと、なかったな。
 トレーにカップを乗せて応接室を出た成美は、今さらながら、そのことに気がついていた。
 四月来、この事務所を訪れたのは数度になるが、いつも用件は応接室で済ませていたから、弁護士さんたちの執務室を覗いたことがない。
 ここは、執務室の手前に来客応対用の部屋が設けられていて、弁護士たちが実際にデスクを構える部屋には、部外者は絶対に通されないようになっているのだ。
 ――そういえば……、あの、写真の、人。
 紀里谷理人。
 ふと、いまさらのように、成美は倉田真帆から送られた合コン相手の写真のことを思い出していた。
 ということは、当然、その人もこの事務所の中にいるのだ。他の面子は知らないが、ここには若手を含めて六人程度の弁護士が所属している。当然、他の合コンメンバーもいるはずだ。
 うわ、なんだか嫌だな。どんな顔して入ればいいんだろう。
 そんな自意識過剰なことを考えながら、執務室の扉をノックしようとした時だった。
「なになに? そんな可愛い子がマジでいんの? もちろん行くって。部屋? いいよ、俺の方で用意しとくからさ」
 足音と声が急速に近づいてくる。
 驚いた成美が振り返ると、背の高い男性が、携帯を耳にあてながらこちらに向かって歩いてきているところだった。
 うわ……。
 一目見ただけで、嫌いなタイプの典型だと、成美は思った。
 やにさがった目じり、大きく開いただらしない口元。それよりなにより、成美とすれ違わんばかりの距離になっても、男は傍若無人に話しつづけている。
「もちろん、最初は俺な。大丈夫だって、飽きたら回してやるからさ。いつもそうしてるだろ、信じろよ」
 男は成美の存在などまるで目に入らないかのように、大声で喋りながら成美が出てきた応接室の方へと歩いて行く。
「今週はまずい。ちょっと別件。そそ、あんま好みじゃないけど、そこそこいい女。んー、ちょいとわけあり? なんにしても、そっち済ませてから、合流すっから」
 話している内容も――穿ちすぎかもしれないが、なんだかひどく嫌な内容だ。
 弁護士事務所に来ているくらいだから、おそらくは被疑者なのだろう。どんな悪いことをしたのかは知らないが、――あんな人間的に問題ありそうな人物まで、弁護しなければならないのなら、弁護士というのも因果な商売だ。
 そんな勝手なことを想像しながら、成美は、ちらっと、再度その男の方を窺い見た。
 そして視線を戻そうとして――その時、はじめて気がついていた。
 仕立てのいいスーツ。見栄えのいい後ろ姿。トップをたてた流行の髪形――。
 えっ、まさか。
 はっとして振り返った時には、男はすでに応接室のひとつに消えていた。
「…………」
 気のせい?
 それとも、勘違い?
 昼間、柏原補佐をたずねて市役所まで来た男。白薔薇の花束を気障ったらしく補佐にプレゼントした男。
 その男の後ろ姿と――今の人が、そっくり同じに見えたなんて。
 
 
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「松下弁護士の?」
「そうなのよ。松下先生が顧問している会社の……御曹司だって。そのご縁で見染められたそうなんだろうけど、上手くいけば、柏原さん玉の輿ね」
 そんな声が聞こえたのは、その日の夕方のことだった。
 執務室内の書庫で、成美が松下弁護士に頼まれた書類を探していた時である。
 ――え……?
 成美は知らず、声が聞こえた壁にほうに意識を集中させていた。
 今も、書類を探すのもそっちのけで、内心では、柏原補佐のことを考えていた。
 あとになって考えれば考えるほど、弁護士事務所で見た男と、補佐を訪ねてきた男は、同一人物のような気がしてならない。
 後ろ姿――スーツの色、声のトーン。……何も、かも。
「玉の輿、ねぇ」
 馬鹿にしたような笑いを含んだ声は、成美もよく知っている――長瀬可南子のものだった。
 行政管理課の書庫は、大きくわけて二つある。
 ひとつは法律書や専門書などを収めた書庫で、文書庫と呼ばれる。
 もうひとつは、元々女子のロッカールームだったものを潰してつくった過年度の保存文書を収めておく書庫。これは、単に書庫と呼ばれている。
 成美が今いるのが書庫で、位置的に給湯室の真横にあるため、声は――換気扇を通して筒抜けだった。
「美人って特ですね。でも、執務室に薔薇もってくるって、いかにも馬鹿息子って感じ」
 くすりと笑う可南子の声は、冷めきった侮蔑を含んでいた。もともと柏原補佐に妙な敵対意識を持っている可南子である。その心中は察しがつくというものだ。
「ま、確かにねー。馬鹿とまではいかないけど、ちょっと軽薄そうな男ではあったわね」
 返す声は、佐東由美。総務課庶務係の人事給与担当者である。年は、成美や可南子より二歳ばかり上だ。
 2人の女が、これから柏原補佐の悪口に花を咲かそうとしているのを察した成美は、急いで書庫を出ようとした。が、次の佐東の言葉で、成美は再び足を止めていた。
「実は、課長からちらっと聞いたんだけどさ。仲介に入った松下弁護士が、そもそも難色を示されたって話なのよ。相手があまりにも非道い男すぎて」
「そうなんですか?」
 ――え……。
 嫌な動機がして、成美は思わず、傍の支柱を握り締めている。女2人のひそひそ声は、なおも続いた。
「とにかく女にだらしのない男なんですって。そっち関係のごたごたのもみ消しで、若い頃は、随分松下先生が奔走したって話なの。……どう思う?」
「弁護士まで出てくるって、どういうごたごたなんですか? もしかして、妊娠とか婦女暴行系の?」
「さぁねぇ……。いずれにしても、最低な男であることだけは、間違いないみたいよ」
 ――どういう、こと……?
 成美は、強張った視線を執務室の方に向けた。
 今のは本当に、補佐のつきあっている人の話? あの薔薇を持ってきてくれた人の話?
 本当だとしたら――いや、成美はもう、その話を半ば本当だと確信している。 夕方、松下弁護士事務所でみた軽薄男は、やはり柏原補佐の相手だったのだ。
 では、補佐は――柏原補佐は、今の話を知っているのだろうか?
「あら、長瀬さん、なんでそんなに笑ってるの」
 佐東由美のおかしそうな声がした。
「ふふ……だって。一部の隙もない女が野良犬みたいな男にやられちゃうなんて、想像するだけで面白そうじゃないですか」
「いやだっ。長瀬さんって、本当に柏原さんが嫌いなのね」
 たまりかねたように、佐東由美が吹き出す。
「てゆっか、同性で、彼女好きな人なんているんですか? 仮にいるとしたら、よほど自虐体質で脇役気質が身についてる子でしょうけど、私は違うから」
「あはは。きっついわねぇ」
 それ、私のことじゃん。もしかしなくても。いや、そんなことはどうでもよくて。
 書庫で、成美は1人固まっていた。
 どうしよう。……どうしたらいいんだろう、私。
 補佐に、今の話をしてみれば――いや、課長が知っている程度のことを、補佐が知らないとは思えない。この課の中で、松下弁護士事務所のことを誰より熟知しているのが、柏原補佐なのである。
 先日、松下弁護士事務所を辞去する時、いやに憂鬱そうだった柏原補佐。
 そうだ。あの時に――おそらくは件の男性を、補佐は松下弁護士に紹介されたのだ。
(今週はまずい。ちょっと別件。そそ、あんま好みじゃないけど、そこそこいい女。んー、ちょいとわけあり? なんにしても、そっち済ませてから、合流すっから)
 男も男で、補佐に真面目な好意を持っているとは、言っては悪いが思えない。
(ちょいとわけあり? なんにしても、そっち済ませてから、合流すっから)
 ――わけって……なに?
「…………」
 よく判らないけど、もしかして柏原補佐は、相手のそういった噂を全部知っていて。
 なにもかも承知の上で、あえて松下弁護士の願いを聞き入れたのではないだろうか?
 
 
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 三回のコールで、その人は電話に出てくれた。
「……氷室、さん?」
 沈黙と、そしてこれから口にする内容が恐ろしくて、成美はおそるおそる切り出した。
「ごめんなさい。日高です。……鹿児島出張、お疲れ様でした。い、いきなり電話しちゃってすみません」
 氷室と携帯で話すのは初めてではないが、極力、急用以外ではかけないようにしている。実際、こちらから掛けたことは、数えるほどしかない。
 そういえば、出張から帰ってきた氷室と、いまだ連絡を取り合っていないことに、成美はようやく気がついていた。
「いえ、構いませんよ」
 一拍の後、返ってきた氷室の声は、優しかった。
 最後に話したのはたった六日前なのに、なんだか随分久しぶりに聞こえる。
 成美は安堵し――、同時に、月曜に屋上で見た、彼の優しい表情や眼差しを思い出し、胸がわずかに痛むのを感じた。
 あなたのミナ――そのことについては、言及しない。
 それが、成美の出した結論だった。聞いたって、きっと、どうにもならない。いや、それが過ちであってもなくても、自分から切り込んで言い訳を聞く勇気はない。
 結局は、倉田真帆のことも、それで曖昧になってしまった。他のことは聞けるのに――女性関係のことは、どうしても聞く気になれない。
 ――駄目だな、私……。
 氷室さんのこととなると、どうにも弱気で、小心になる。判っている。それは……、彼に愛されている自信がないから。
 2人の恋愛感情に格差がある以上、成美の立場はいつだって、弱い。
 だから今日になって――ぎりぎりになって、ようやく打ち明ける決心がついたのかもしれない。
「今、どこですか」
 吐く息の白さを感じながら、成美は言った。
 午後七時。成美は役所を出たばかりだった。
 帰り際にのぞいた道路管理課には、もう誰も残ってはいなかった。自宅でなければ、外にいる――。今、彼はどこにいるのだろう。
「外ですよ。今夜は飲みが入ったので」
 氷室の背後で、にぎやかな笑い声が微かに聞こえた。その賑わいはすぐに消え、成美は彼が、どこか静かな場所に移動したのだと知った。
 ――そっか。
 1人じゃ、ないんだ。
「何か用ですか。申し訳ないのですが、今夜は少し、遅くなりそうなので」
「いえ……」
 氷室の声は、成美をいたわるように優しかったが、成美の気持ちは、どうしようもなく沈んでいった。
 一体彼は、誰と、どこで飲んでいるのだろう。もしかすると、先日の、あの女性の店だろうか。
「…………」
「……日高さん?」
 聞けば、楽になれるのだろうか。
 屋上で一緒にいた、あの女性は誰ですか。
 なんの用で、どうして役所まで尋ねていらしたんですか。いつからお知り合いだったんですか。
 それって、浮気じゃ、……ないですよね?
「あの、私……」
 色んな感情を、ごくりと飲み込んで、成美は決めてしまったことを、言った。
「すみません。今から、合コンに行ってきます!」
 言った――。
 心臓が、ドキドキしている。氷室からは、沈黙しか帰って来ない。
「ご、合コンって、言い方、おかしいですね。他にどう言っていいか判らないから――。すみません。一度は断るつもりだったんですけど、実は別の事情ができまして――」
 成美は、たどたどしく、柏原補佐と例の薔薇男の一件について、先日見聞きしたことを、氷室に伝えた。反対されるのは覚悟していたが、話せば必ず理解してくれると信じてもいた。
 なにしろ、氷室は柏原の同胞も同然なのだ。同じ霞ヶ関出身で、――成美としては若干不安だが、深いところで、互いを信頼しあっている仲である。
 が――。
 氷室は、しばらく無言で成美の話を聞いていたが、やがて、言葉を遮るように溜息をついた。
「その話、まだ長くなりますか」
 ――えっ……。
 あまりに冷たい氷室の反応に、成美は言葉をなくしていた。
「結論を言いましょうか。合コンの件なら却下です。だいたい、相手の男の情報を得たところで、あなたに何かできますか? あなたに柏原さんの私生活に口を挟む権利がありますか。馬鹿馬鹿しい。あなたがそんな愚かな人だとは思ってもみませんでしたよ」
 なにそれ。
 どうして? どうしてそんなことまで、言われなくちゃ、いけないの?
「もっとはっきり言いましょうか。換言すれば、それは単なる野次馬根性とおせっかいです」
 ――ひどい……。
 氷室の本性が辛辣さに満ちていることは、よく知っていたが、それでも成美は凍りついていた。彼の言葉や冷たさのひとつひとつが、氷の棘になって成美の胸に刺さっていく。
「まさか性懲りもなく、前回と同じ轍を踏むつもりではないでしょうね。僕はもう手を貸したりはしませんよ。分不相応な問題にかかわるべきじゃない。繰り返しになりますが、あなたには、何もできやしませんよ」
「そ、そうですね。そうかもしれませんけど」
 見えない激情が不意につきあげ、成美は口を開いていた。
「でも、――でも、野次馬根性とか、そんな風に言われるのは心外です!」
 憤りを懸命に堪えて、成美は言った。
「確かに私には分不相応の問題かもしれません。前と同じで、柏原補佐の足をひっぱるだけになるかもしれないです。でも、――だからって、氷室さんに迷惑をかけることはないでしょう。だって、氷室さんにはなんの関係もない話じゃないですか!」
 どうして、そんな言葉が吐けたのか。言った後に愕然としたが、乱れた感情は止まらなかった。
「い、以前おっしゃいましたよね。僕は他人のことでは怒らない主義だって」
「……そうですね」
 氷室の声もまた、冷え切って聞こえた。
「だったら、私のことだって、……そうなんですよね? 私が何をしようと、氷室さん怒らないってことですよね」
「そうですね」
 どこかその口調は投げやりに聞こえた。
「だったらもう、……いいじゃないですか」
 何がいいのか判らなかったが、成美も投げやりに言っていた。
「私がどうしようと……何をしようと、もう、いいじゃないですか」
「じゃあ、聞きますが」
 氷室の声に、はっきりとした苛立ちが滲み出た。「なんの関係もない僕に、これはなんの意味があってのお伺いなんでしょうか」
「結論を報告しているんです。相談じゃありません」
 成美もまた、自棄になった感情のまま、言っていた。
「氷室さんは、報告さえしてくれないですけど、私はきちんと報告したいですから!」
「……報告」
 どこか冷淡な口調で、氷室は皮肉に繰り返した。
「何もかも正直に打ち明けることが、君の愛情の証というわけですか。それは、いい勉強になりましたよ」
「――私だって、言っていいことと悪いことの区別くらい、つきます」
 どうして、こうなってしまったんだろう。携帯を握り締めながら、成美は泣きたくなっていた。
「氷室さんに言っていないことだって、沢山あります。言えば、氷室さんが不愉快になると思うからです」
「たとえば? じゃあ聞きますが、君が僕にあえて話さないこととはなんですか」
「氷室さんの、恋人に会いました!」
 言った後、背筋がみるみる冷たくなるような気がしたが、言葉は出してしまえば、二度と取り消しが効かなかった。
「……僕の、恋人ね」
 氷室が呟く。その声には、人を馬鹿にしたような、冷やかな笑いが含まれている。
 成美はかっと頭に血が上るのを感じた。
「それはそれは、随分珍しい人間とあったものですね。いったいどこの、どういう人ですか」
「――、ミ、ミナって」
 咄嗟に口から滑り出ていた。
 その瞬間、携帯の向こうで氷室が黙り込むのが成美には判った。
 その沈黙は、恐ろしいほど長かった。長くて――そして、凍りつくほどの冷やかさがあった。今ほど氷室の沈黙を怖いと思ったことは、成美にはなかったのかもしれない。
 言ってはいけない名前だった。
 それは、――今、口にしてはいけない言葉だったのだ。
「……氷室、さん?」
「……ああ、そうですか」
 声は、気のせいでなければ、ひどく虚ろに聞こえた。
「それは、随分と不愉快な思いをさせましたね。用件がそれだけなら、もう切ってもいいですか」
「…………」
 成美の返事さえ待たずに電話は切れて、それきりだった。
 切れた――。
 電話だけでなく、2人を繋いでいた何かも、同時に。
 熱く膨れた感情のままに、成美は再度氷室の携帯をコールしようして、――やめた。
 これは、初めてのケンカだろうか?
 それとも別れに向かう、決定的な兆しだろうか。
 全ては氷室次第だった。成美には、それすら決める権利がない。
 これで、つきあってると言えるの? 私と氷室さん――
 私は、彼に相応しくない。
 可南子の言うとおりだったのかもしれない、彼の興味が私から失せてしまえば――私たちを繋ぐものは、もう何も残ってはいないのだ。


 
 
 
 
 
 
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Copyright2011- Rui Ishida all rights reserved.この物語はフィクションです。