第四話 墓より男子A
 
 
 
 
 プロローグ
 
 
 

               ◇
 
 
 こんにちは、お久しぶりです。
 先日は大変お世話になりました。
 お陰様で、こじれていたことの何もかもが上手くいって、家族一同、大変感謝しております。
 慎君は元気でやっています。
 まだこちらにきて3日ですが、毎日のように昔の友達が訪ねてきて、大忙しです。
 そちらは、夏が繁忙期だとお聞きしましたが、お仕事の方は落ち着かれたでしょうか。
 お時間がとれるようなら、ぜひ一度、千葉の方に遊びに来て下さい。
 もちろん、その時は慎君と二人で。
 シャイな慎君には秘密ですけど、ご両親はとーーっても期待されてるんですよvv
 本当にご迷惑でなければ、ぜひ一度二人揃って家に遊びにいらして下さいね。
 
 
 初めてショッピングセンターでお会いした時のこと、覚えてますか。
 あの日、あの場所で出会ったのは本当に偶然でしたが、私は遼さんが気づくより少しだけ早く、フードコートで一緒に食事をしている二人に気がついていました。
 その時の雰囲気は、どうも喧嘩をしているようだったんですけど――それでも私は、あ、この人が慎君の大切な人なんだな、と直感で判りました。
 雰囲気もそうですけど、会話の波長みたいなものがもうぴったりで。
 だから慎君が恋人だって言った時、やっぱりねって、内心得意だったんです。
 色んな意味で、二人は本当にお似合いですね。
 勝手なことを言うようですけど、あの日は本当に――本当に嬉しかった。
 いつも人の心配ばかりして、自分を二の次にする慎君には、絶対幸せになって欲しいと思っていたから。
 
 
 今回お手紙を差し上げたのは、お礼もそうなんですが、ちょっと図々しいお願いがありまして……。
 どうかこれからも、私と遼さんと仲良くしてください。
 私と遼さんと、慎君と四人で、これからは食事に行ったり、旅行に行ったり、親しく交流できたら楽しいと思いませんか?
 慎君と遼さんは嫌がるでしょうけど、そこは私たちの力で。
 なにより私が、香佑さんのことを大好きになっちゃいましたからvv
 早く私のお義姉さんになってくれることを、心から願っています。
 って、プレッシャーだったらごめんなさい。テヘ。
 ではでは、またお会いできる日を楽しみにしています。
 
 
                                 安藤奈々海
 
 
 
 
 
               ◇
 
 
「慎君、もう帰るって本当?」
「ああ」
 高木慎は、荷物を詰めたバッグを持って立ち上がった。
「ちょっと店の方がバタバタしてるみたいでさ。予定より少し早いけど帰ることにしたよ」
「そう……」
 扉の向こうに、かつて妻だった人が立っている。安藤奈々海。二十三歳で結婚して、二十五で離婚した。一緒に生活した期間は――二年くらいだ。
「久しぶりの実家も、居心地が悪いもんだな」
 慎は照れ隠しに言って、高校生まで過ごした部屋に視線を巡らせた。賞状、トロフィー、好きだったボードゲーム、推理小説――そしてアルバム。
 慎は何気なく、棚の上に置いてあった写真立ての向きを変えた。高校の卒業式に、二人で撮った記念写真だ。まだ、友達以上の関係になるとは思ってもみなかった頃の写真。
「こうして見ると、恥ずかしい思い出ばかりだよ」
 母親に言って、部屋にあるものは今年中に撤去してもらうことになっている。来春、兄がこの人と結婚すれば、この部屋はどう様変わりするのだろう。
 九月の半ば――少しばかり季節外れの夏休み。
 千葉県にある実家に帰ったのは、慎には三年ぶりのことだった。
 部屋の扉に背を預け、奈々海は、少しだけ残念そうな眼差しになる。
「でも――まだ、ここに来て二週間しか経ってないのに」
「二週間も、だ」
 慎はわずかに眉をあげた。
「自分の人生で、こんなに長く仕事を休んだのは初めてだ。いい加減仕事が恋しいくらいだよ」
 まぁ、そこは少しばかり、新婚夫婦に気をきかせた、というのもある。
 年がら年中、店や家に入り浸っているノブにしても、気づけばそこにいる竜さんにしても、この夏休みだけは、少しばかり吉野家とは距離を置いたに違いない。いや、置くように念を押してから、慎は帰省の途についたのだ。
 ――悪いが、あんな騒ぎは二度とゴメンだ。
 新婚家庭に、夫の元彼女が悪びれもなく乗り込んでくるという異常事態。
 夫には、その事態を収集するだけの機転(知恵ともいう)がなく、妻には、はね退けるだけの意地がない。というより多分、互いに夫婦だという認識がない。なんなんだ、あいつら一体。
 家族ぐるみで結婚式まで挙げたんだから、動機がどうあれ、夫婦は夫婦だ。
今はネットを使った婚活なんかも盛んだから、結婚するまで清い仲ってのも、あながち珍しい話じゃないだろう。でも、結婚してからもなお清い仲っていうのは――
 慎は軽く咳払いをした。
 まぁ、少しはいい感じになっているだろう。
 少なくとも夏休みの間は二人きりだ。あんな寂しい場所で、一週間以上も男女が二人きりで過ごすのだ。普通に考えて――恋愛感情という部分を差し引いたとしても、情が移らない方がどうかしている。
「じゃ、行くよ」
 慎は軽く息を吐いてから、再度スポーツバックを持ち直した。とにもかくにも、結婚した二人が上手く行けば、自分の肩の荷も降りる。
 なのに、なんだ?――どうもさっきから、何か気持ちがすっきりしない。
「ありがとな。買い物にも付き合ってもらったし、助かったよ。女物なんて何買っていいか判らなかったし」
「ううん。嬉しかった」
 奈々海の目が、優しそうに潤んだ。
「香佑さんには、私もすごくお世話になったから――でも、靴なんて、好みがあると思うから気に入ってもらえるかどうか」
「なんでもいいんだ。ひどいの一つきりしか持ってないんだから」
 慎は呆れた口調で言って肩をすくめた。
「奈々海はセンスがいいから、きっと彼女も喜ぶと思うよ。じゃあな」
「う、うん。気をつけて」
 奈々海は、まだ何か言いたげだったが、その言葉を飲むようにして扉から一歩後退した。
 まだ、二人の間にはどこかぎこちない空気がある。しゃべっている間はよくても、多分沈黙には耐えられない。
 不思議なものだな、と慎は思った。
 未練もわだかまりも、とうに消えてなくなっているのに、もう、昔の二人には戻れない。
 一番仲のよかった友達が、男と女になっただけで――
「あの――慎君」
 部屋を出て階段を降りている時に、背後から奈々海に呼び止められた。
「ごめんって、伝えてくれる」
「は?」
 慎が見上げると、奈々海は、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「香佑さんに」
「どういう意味?」
「あの――私、てっきり香佑さんが、慎君の彼女だと思ったから、それで色々誤解しちゃって」
「それなら、こっちが適当なこと言ったのが悪いんだ。気にするなよ」
 おいおい。あんな茶番を信じる奴が本当にいたのか?
 兄貴も兄貴で、夕べは「慎にも近々めでたい話がありそうだからな」って別れを惜しむ両親に。――絶対厭味だと思ったが、あれも本気で信じていたのか?
「とんでもない誤解だから、兄貴にもよく言っといてくれ。あの人は匠己の嫁で、いってみりゃ俺には雇用者に当たる人なんだから」
「そうじゃなくて……」
 奈々海はまだ言いよどんでいる。
「とにかく、ごめんって謝っといてくれる? それから、捨ててって」
「はい? 捨てる?」
 なんの話だ、そりゃ。
「と、とにかくそう言って。言えば判ってもらえると思うから。あの――本当に、ごめんなさいっ」
「…………?」
 最後のごめんなさいは、香佑ではなく、慎自身に言われたようだった。
 ばたばたと奈々海が駆けていったので、慎は首をかしげながら階段を降りた。
 なんだろう――謝る? 捨てる?
 漠然とだが、嫌な予感がする。
 昔から奈々海は粗忽者の早とちりで、そこから起きる様々な喜悲劇の尻拭いは、そういや全部俺の仕事だったっけ。
 その奈々海が、また何かとんでもないことをやらかしてくれたんじゃ――それにしても。
 玄関で靴を履きながら、慎は、はぁっと溜息をついた。
 奈々海もそうだが、匠己の嫁にしても、ついでにいうと元カノの涼子にしても、なんだって俺の周りには、やっかいな女ばかりが雁首を揃えてるんだろう。
 せめてこれから戻る石屋だけでも、平穏な状態だったらいいんだけど……
(しっ、慎さん、大変なんすよ。ニュースみました? え、そっちじゃやってない。あのですね、 夕べ長浜さんちの墓地に大型トラックがつっこんで!)
 まぁ、それも無理みたいだ。
 しかし、よりにもよって墓地にトラックがつっこむなんて……
「すげぇ、儲け話じゃないか」
 呟いた慎はバックを抱え直すと、急いで実家の玄関を出た。
 
 
 
 
 
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Copyright2011- Rui Ishida all rights reserved.この物語はフィクションです。