■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ エピローグ |
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「お召し物を、駄目にしてしまいましたね」 雅流の着替えを手伝いながら、志野は少し口惜しそうに呟いた。 日差しはすでに、初夏の色味を帯びていた。 庭には鮮やかな緑が映え、家の内にも外にも、優しい光が溢れている。 「もう駄目か」 「ええ、もう駄目です」 もったいないです、いい仕立てでしたのに。 膝をついて片付けを続ける志野に、頭上から少し呆れた声がした。 「お前は案外現実家なんだな、女というものは皆そうなのか」 「まぁ」 少し赤くなって、志野は立ったままの男を恨めしく見上げる。 「なんだか、俺が莫迦みたいだ。一人で舞い上がっているようじゃないか」 「……まだ、先の話でございますから」 これから出稽古に向かう夫の姿を、志野は不思議な幸福に包まれたまま、しばし見つめた。 立ち姿の綺麗な、いかにも落ち着いた美しい振る舞いをする人が、うっかり着物を破ってしまうほど、慌てて帰って来てくれた。 それが、嬉しくもあり、おかしくもある。 「今夜は、鞠子様がおいでくださるそうです」 「そうか、母さんが話したんだな」 「ええ、先ほど鞠子様のところに行かれましたから、ご一緒にお戻りになると思います」 苦笑した雅流は、「いい加減義姉さんと呼んでやったらどうだ」と言ったが、志野は曖昧な笑顔でそれに応えた。 「せっかくですので、薫様もお呼びしようかと思っているのですが」 「そうだな」 微笑して、雅流はそっと膝を折った。 「おいで」 「あの、こちらを片付けませんと」 「いいから、おいで」 |
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