■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第9章 「志野の決意」 |
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「こういうことになるなんてねぇ」 鞠子が何度か目の舌打ちをして、口惜しそうに隣に座る雅流を見上げた。 「どう考えても信じられない。なんだって雅、よりにもよって芸者の子と結婚したいなんて言い出すのよ」 紋付に羽織という正装も凛々しく、けれどどこか暗い顔で座している雅流は、何も言わずに、ただ己の膝を見つめている。 「しかも、年増よ? 雅より四つも年上なのよ? 騙されてるのよ、雅。いい加減に目を覚ましなさいよ」 二人の対面に座る御園は、ほう、とかすかな溜息を吐いた。 「もうおよし、鞠子。話を蒸し返すのはおやめなさい。雅流が命を賭けて決めたこと。私は納得しています」 「お母様は志野がお気に入りだったから……」 鞠子はなおも悔しげに繰り返す。 傍らに座る鞠子の夫もまた、眉根を寄せたまま渋い表情を崩そうとしていない。 貴族社会の常識で考えると、娘夫婦の反応は当たり前のものだった。 華族とは、一昔前であれば、公家である。古くを辿れば天皇家に繋がる血筋なのである。 雅流と志野の結婚は、公家と百姓が結婚するようなものだ。 封建制度の厳しい時代であれば、考えることさえ禁忌のような婚姻なのだ。 「雅が出征している間、私、志野をいびっていびっていびりまくってやるから」 ふくれたような顔になり、鞠子はふいっとそっぽを向いた。 「それが嫌なら、絶対に生きて帰って来なさいよ、雅。死んだりなんかしたら許さないからね」 「おい、鞠子」 慌てて、鴨居子爵が止めに入る。 この時代、戦争に行く者に「死ぬな」「生きて帰れ」と声を掛けること自体、すでに禁忌なのだった。 お国のために立派に死んでくれ――家族は、母は、妻は、心で泣いてもそう言って送り出さなければならない。 「僕は、死ぬために行くのではありませんから」 初めて表情を緩めた雅流が顔を上げた時だった。 閉じられていた襖が静かに開いた。 廊下に――午前の陽射しが照り返す廊下に、両手をついて土下座をし、じっと動かない人影がある。 御園は眉をひそめていた。 志野には、きちんとした身なりでこの場に来るように申し伝えていたはずだ。 着物も用意して、事前に渡していたはずだ。 なのに志野は、普段と変わらないなりをして、髪もひっつめたまま、平伏した顔を上げようともしていない。 |
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