聞こえる、恋の唄
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第8章
「悲しき求婚」
………<5>………

「明後日、鴨居家から鞠子と、鴨居子爵様がおいでになります」

きれいに片付けられた御園の部屋で、二人きりで差し向かいなった後、まだ喪も明けやらぬ未亡人はすぐにそう切り出した。

「……そうでございますか」

手をついたまま、志野にはそれだけしか言えなかった。

例の事件のあと、鞠子が櫻井家を訪れることはなくなった。

葬儀の時ですら弔電一本きりだった。

櫻井家の醜聞が、嫁ぎ先である鴨井家にまで降りかかるのを恐れたのだろう。

実際、鴨井家で、あの気位の高い鞠子がどれだけ肩身の狭い思いをしているか――それを思うと、鞠子の冷たさをいちがいには恨めない。

「その時、正式に話すのだけど、いえ、お前に否やはないと、そう思ったからこそ、今まで知らせなかったのだけど」

ほうっと御園は溜息をつき、憂鬱気に眉を曇らせる。

けれどそれは一瞬で、すぐに女主人は慈愛に満ちた笑顔になった。

「志野、雅流がお前を欲しいと言っているのですよ。最初は無理だと思いましたが、事情を知った鴨居様が、お前を弟の養女にしてくださると仰って、全て上手くまとまることになりました。お前には鴨居志野として、あらためてこの家に嫁いでもらうことになります」

言われている意味が判らなかった。

いや、判っているのだけれど、それが現実の言葉だとは思えなかった。

「煩い親戚筋は、全て雅流が説得に回りました。鴨居様も鞠子も承諾せざるを得なかったんでしょう。もうそうするしか、うちが破産を免れることも、旦那様が汚してしまった名誉を取り戻すこともできなかったのですから」

どういう意味だろう。

頭の中で――色々な言葉が目まぐるしく回り、御園の言っていることが上手く咀嚼できないでいる。

平伏したままの頭を上げられないでいると、頭上から振り絞るような声がした。

「私はお前を愛しています。ある意味、実の子より愛してきました。だからこそお前が憎い、口惜しくてたまらない。……母としての私の気持ちを、お前なら理解してくれると思います」

お前の身分のことも、むろん問題ではありますが――御園はそう言いかけ、一時、言葉を途切れさせた。

「雅流は志願して出征することになったのです。表向きは櫻井家のためと言っていますが、私には判ります、あの子は、お前との結婚を周囲に認めてもらうために、軍に志願したのです」


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