聞こえる、恋の唄
■■
第7章
「接吻の夜」
………<4>………

「服が……駄目になってしまいましたので」

「替えを探していたのか」

「はい」

雅流がかがみこみ、倒れた蝋燭を拾いあげる。

「持っていろ、俺が探してやる」

「いいです、そんな」

「いいから」

蝋燭を手に押し付けられる。

「本当にいいんです!」

何故かたまらず、志野は強い声を上げていた。

雅流が、驚いたように動きを止める。

「後生ですから……」

ひどく惨めな気持ちだった。

志野は震える手で、破れた胸元を押し隠した。

「私のことを少しでも憐れと思うなら、このまま何も言わずに、出て行って下さいませ」
 
雅流は何も答えない。

「お願いですから……」

唐突に涙が零れた。

どうしたんだろう。

どうして、こんなに惨めで、こんなに胸が苦しいんだろう。

黙って距離を詰めてきた雅流の影に覆われる。

指が頬に当てられ、涙の粒が零れるように落ちた。

「私に……触らないでくださいませ」

「俺が嫌いか」

首を振る前に抱きしめられていた。

「雅流様の……服が」

「志野」

触れあう首筋が熱かった。

志野。
雅流はもう一度囁いた。

「薫様と、同じことをされるのですか」

その言葉が、四つも年下の男を傷つけることを、志野は口にする前から理解していた。

「……俺が、嫌いか」

 志野を胸に抱きしめたまま、雅流は、同じ言葉を繰り返す。

「嫌いでなければ、それがなんだと言うのです」

なんの会話をしているのだろう、私は。

どうして、もっと力をこめて、腕を振りほどこうとしないのだろうか。

二度目の、柔らかく優しい口づけの間、志野は目を閉じて泣き続けていた。

志野。

雅流が囁いた。

志野――もう一度、囁いた。

どうして、名前を呼んでくれるんだろう。

そんなに愛しげに、大切そうに呼ばれたら、どんな鈍い女でも錯覚するに違いない。

「志野……」

涙が滲む。

誰だって錯覚する。誤解する。

こんなに情熱的に抱き締められ、こんなに優しく囁かれたら――誰だって。

誰だって、恋に落ちてしまうだろう。



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