聞こえる、恋の唄
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第7章
「接吻の夜」
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こんな風に、誰かと唇を合わせるのは初めてだった。

知らなかった、接吻がこんなに痛くて――胸がつぶれそうなほど苦しいものだなんて。

血の味が舌に滲んでいる。

顔を逸らしてしまったのは、この血で雅流の唇を汚してはいけないと、咄嗟に思ったからだった。

「いけません」

ようやく胸を押し戻し、息も絶え絶えの声が出た。

「雅流様の、お召し物が汚れます」

「兄貴に何をされた」

怒りを滲ませた声が返ってくる。

この人は怒っているのだ。志野はようやく気がついた。

「離れにいた連中に何かされたのか。どうなんだ!」

志野は、闇に慣れた眼で、男の伸びた襟足を見つめた。

この人は、何を怒っているのだろう。何を心配しているのだろう。

「……何も、されませんでした」

「嘘をつくな、じゃあ、その様はなんだ」

二人の視線が闇の中でひたと合う。

何故か雅流の目を直視することができなかった。
志野は再びうつむいていた。

「本当に何も……。逃げ出したんです、私、どうしても厭でしたから」

何が厭だったんだろう。

うつむきながら、志野は自分に問いかける。

私は――何が厭だったんだろう。

どんなことでも我慢できるはずだったのに、あれくらいのことは、何でもないはずだったのに。

「本当だな」

雅流が念を押す。

「俺を安心させるために、嘘を言ってるんじゃないんだな」

「違います」

安心?

頷いてから、不審に思った。
安心?
安心ってどういう意味だろう。

わずかな沈黙があって、雅流がようやく手を離してくれた。

それまで抱かれていた温もりがふいに消える。

寂しいのか安堵したのか、自分でもよく判らないまま、志野は雅流から距離を開けた。

唇が、まだ濡れている。

どうして……あんな真似をされたのだろう。

激しい動悸の余韻を感じ、志野はただ、下を向き続けている。

「ここで何をしていた」

雅流の声も、いつになく動揺しているような気がした。


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