聞こえる、恋の唄
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第7章
「接吻の夜」
………<2>………

気持ちばかりが焦っても、暗闇では、お仕着せを探す事もままならない。

かといって、再び明りをつける勇気もない。

どうしよう。

そう思った時、再度、外から扉が開いた。

はっとする間もない。
扉は即座に閉まり、ただ、入り込んだ人の気配だけが、暗い室内に感じられた。

(雅流……様?)

声を掛けようとして、出来なかった。

目の前に立っているのは、間違いなく雅流だ。

顔が見えなくても気配だけで判る。
鋭く見つめられているのが、何も見えなくてもはっきりと感じられる。

「お前は莫迦だな」

低い声がした。

志野は、何も言えなかった。

「また、離れに行ったのか。お前は莫迦だ、ここまで莫迦な女だとは思わなかった」

怒り任せに、何かを吐き棄てるような声だった。

「どうせ、莫迦でございます」

何故言い返してしまうのか、目の奥につんとした痛みを感じながら、志野は夢中で言葉を繋いでいた。

「綾女様に比べたら、学も身分も教養もない、下種な女でございます。ですからいいんです、もう、私はいいんです」

「……何がいいんだ」

「もういいんです、いいんです」

「だから何がいいんだ」

自分でも、言っている意味は判らなかった。
判らないままに、必死で言葉だけを繰り返した。

雅流の声が、苛立ちを帯びる。

「何がいいんだ、言ってみろ、志野」

「私は……いいんです。そういう女でございますから」

「だから何がいいんだ」

「だから、もう」

気がつけば、体温が、触れるほど近くにあった。

いいんです……いいんです。

言葉の続きは、もう口にすることはできなかった。

肩を強く抱かれ、息もつけないほどの激しさで唇が重ねられていた。


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