■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第7章 「接吻の夜」 |
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納屋には、幸い、蝋燭もマッチも揃っていた。 志野は、納屋の扉を隙間なくきっちり締めて、そして蝋燭に火を灯した。 破れて血に染まった服は、もう繕うことは不可能だ。 別の着替えを探さなくては、母屋には戻れない。 屋敷の裏庭にある小さな納屋には、何年か前までお仕着せとして使用していた着物が、いくつか納められているはずだった。 華美な着物を着られる時代ではなくなったことと、いつ空襲警報が鳴っても身軽に飛び出せるようにとの御園の計らいで、女中たちは皆洋装をしているが、二年前まではかすりの着物を着せられていた。 それが、納屋のどこかに収めてあるはずなのだ。 (……急がないと) 御園が戻るまでに、しておかなければならないことは沢山ある。 戻らなければ目ざとい里代が、すぐに不審に思うだろう。 雨で湿った三味線を、そっと蝋燭の下に置いた。 熱をあてることは厳禁だが、早急に乾かさなければ、糸も皮も使えなくなる。 立ち上がり、とりあえず、破れたブラウスを肩から下ろした。 いきなり納屋の戸が開いたのはその時だった。 風の勢いで、微かに揺れていた蝋燭の火が瞬時に消える。 黒い影が象る人型。 白い目だけが、驚愕したように見開かれ、じっとこちらを見つめている。 前触れもなく訪れた闇に目が慣れず、志野は立ちすくんだまま、わずかもその場を動けない。 「雅流、どうなの」 外から、ひどく焦った声がする。 志野は驚愕して顔を上げた。 御園の声だ。 では、ここに、扉の前に立っているのは。 「いえ、僕の気のせいでした。誰もいません、何かを明りと見間違えたんでしょう」 何事もなかったように、影の男は――雅流は応える。 そのまま、音をたてて扉が閉められた。 扉の向こうから、くぐもった声が聞こえてくる。 でも、何を言っているのかまでは判らない。 志野は激しい動悸を抑えながら、壁に背を預けて腰を落とした。 雅流様に――見られてしまった。 多分、何があったか察したのだろう。だから、背後の御園に気づかれないよう、すぐに扉を閉めてくれたのだ。 それにしても、切羽詰まった御園の声は何だったのだろう。 志野が家を明けている間に、この屋敷でいったい何が起きたのか。 |
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