■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第6章 「涙雨」 |
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いつの頃からか、ふいに荒んでしまったような薫の変化の理由が、志野にはようやく理解できたような気がした。 一見軽薄にしか見えない薫は、薫なりに、年下の婚約者を大切にしていたのだ。 それを――弟に奪われたのだ。 ただ、やはりそれでも、志野には、自分が引き合いに出された理由が判らなかった。 綾女と志野なら、比べるまでもない。 男爵の令嬢と、身寄りのない芸者の娘。 比較するほうがどうかしている。 薫にとっても雅流にとっても、志野など掃いて棄てるような存在なのに、どうして二人が交したという取引の中に、自分の名前が出てくるのか判らない。 「お前も綾女と同じだ、志野。もうまともな結婚なんてできやしないぜ」 憎憎しげに吐き棄てた薫は、ぺっと畳に唾を吐いた。 「やるなら、とっととやっちまえよ。雅流が帰ってきたら面倒なことになる」 そして、面倒そうに言い捨てると、そのまま不機嫌気に立ちあがった。 志野の視界に、投げ出された三味線と撥が映った。 肩をつかまれ、仰向けに倒される刹那に、必死で伸ばした腕が、落ちていた撥をすくい上げた。 「あっ」 誰かが叫ぶ。 背に乗っていた男が、ひるんだように飛びのく。 志野は、掴み取った撥を自分の首筋に押し当てていた。 「莫迦っ、やめろっ」 初めて聞くような声で、飛び掛ってきたのは薫だった。 腕を強く掴まれる。 見下ろす男も必死の形相になっている。 ぎりぎりとねじられ、力尽きて――手にしていた撥が畳に落ちた。 同時に身体を拘束していた薫の手も離れる。 肩で息をしながら、志野は膝で這うようにして、部屋の隅に逃げた。 唇から零れた血が、ブラウスを赤く染めている。 「……莫迦な女だ」 舌打ちしながら薫が苛立った声で言った。 その他の者は、あまりに凄惨な展開に、さすがに声もなく黙りこくっている。 「とんだ興ざめだ。とっとと出て行け、もう、お前の顔は見たくもない」 三味線を拾い上げ、志野は逃げるように離れを飛び出した。 何時の間にか振り出した小雨が、熱くなった身体に降り注ぐ。 ひどく惨めで、心細かった。 自分の身の上を哀れと思ったことは一度もない。 むしろ幸福だとさえ思っていた。 綾女や鞠子を同じ女性として羨んだことも一度もない――でも。 志野は立ち止まった。 破れたブラウス、白地に滲んだ赤い染み。 いくらなんでも、この格好で母屋には戻れない。 雨は容赦なく手にした三味線を濡らしていく。 皮は水に弱い。このままでは駄目になる。 零れそうな涙を堪え、志野は三味線を抱き締めるようにして歩き出した。 |
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