■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第6章 「涙雨」 |
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薫は――あっけないほど簡単に背後の襖に背をぶつけて、そのまま茫然と顔を上げる。 「おいっ」 「逃げるぞ、掴まえろ」 伸びてくる腕に、思い切り噛み付いた。 背後からブラウスをつかまれ、衣服が破れる音がした。 それでも必死に、見苦しいほど必死に暴れて抗った。 無駄だと判っていても、この場から逃げようと試みた。 やがて背中から押さえつけられて、うつぶせに倒された志野は、苦しい呼吸で目の前に座る薫を見上げた。 「……別人みたいに暴れるんだな」 見下ろす薫の目は笑っていた。 冷酷な笑いは、元が美しいゆえに、ぞっとするほど恐ろしい。 「雅がいなきゃ駄目ってわけか。お前ら、なんだ? できてたのか?」 口の中を切ったのか、生温い銅の味が広がっていく。 それは唇の端から伝わって、蒼白い畳に染みを作った。 薫は笑った。 「言っとくけどな、決めたのは全部雅なんだぜ。俺は言ったんだ、最後に決めるのはお前だぜ、雅って」 背中からのしかかられる重みで、視界が白く霞んでいく。 「取引したんだよ、俺たちは。雅も莫迦な男だよ、俺を甘くみて綾女に手を出すからこんなことになる」 意味が判らなかった。 (決めたのは全部雅なんだぜ) 薫の言葉だけが、何かの断片のように頭の中で回っている。 何を決めたのだろう。もしかして今夜のことだろうか。 それとも今までのことだろうか。 そんなことで、今さら、傷つく必要はないと判っている。 それでも、でも――。 「取引って……」 志野は、途切れそうな意識を振り絞って訊いた。 「どういう意味なんですか……どうして、私が」 「雅に聞けよ。ただ、ひとつだけ教えてやるよ。雅が大切にしているのは綾女だよ。あいつはな、綾女を守るために、お前を俺に差し出したんだ」 「……わ、たし……?」 ますます意味が判らなかった。 顔を歪めながら薫は続けた。 「どうせ綾女は形だけの婚約者だ。綾女の奴、大人しい顔をして、ずうっと雅流を誘惑していやがった。雅流も莫迦だ。もう綾女は生娘じゃない、俺がもらってやらなきゃ、どこへも嫁に行けやしない」 投げやりな、泣き笑いのような声だった。 |
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