■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第6章 「涙雨」 |
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雅流の顔はない。 不思議な安堵と絶望が、同時に志野の中に込み上げる。 「どうする、自分で脱いでもらおうか」 囁くような声が近くなる。 「服くらいで、いちいち相談するなよ。こんなもの、脱がしてしまえばいいんだ」 そう言って、一番にのしかかってきたのは、薫だった。 「奥様と雅流様が!」 畳の上に仰向けに倒されながら、志野は声を張り上げた。 自分でも、こんな大きな声が出せるのが信じられなかった。 「うるさいな、なんだよ」 意外な反応に驚いたのか、煩げな声で薫が応える。 酔いのせいだろうか、動きも緩慢で、眼もぼんやりと濁って見える。 「まだ、お戻りにならないのです」 「それがなんだよ」 薫の手が、ブラウスのボタンにかかる。 志野には理解できなかった。 何故だろう、婚礼を目前にして、どうしてこんな真似ができるのだろう。 ここ数ヶ月、ずっと真面目だった薫が急変する理由が判らない。 志野が浅草に出かけている間に、何か、重大な異変があったのだ、そうとしか思えない。 顔を背けながら、志野はそれでも大声で叫んだ。 「お、お二人が何処へ行かれたか、ご存知ありませんか。皆、心配しております!」 「知ってるよ、でもお前には関係ないだろ」 「俺が最初でいいだろ、櫻井」 聞こえてきた声に吐き気がした。 嫌悪と虚しさで、何もかもどうでもいいような――そんな気持ちになりかけていた。 いつものことだ。 志野は思った。 いつものように、心を殺して時が過ぎるのを待てばいいだけ。 それでも、気持ちはざわめいたまま落ち着かなかった。 何故だろう。 いつもとは違っている。 眉をひそめた志野は気がついた。 何よりも耐えがたかったはずの、雅流の三味線の音色がしない――。 「……いやです」 志野は、無意識に呟いていた。 「なんだと?」 一度溢れた感情は、けれどもう、とめどがなかった。 「厭なんです。もうこんなのは厭っ」 虚を突かれたように、馬乗りになっていた薫が動きを止める。 志野は、その胸板を、両手で思い切り突き飛ばした。 |
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