■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第6章 「涙雨」 |
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「遅いじゃないか、志野」 室内は、濃密な酒の匂いで満ちていた。 屋敷の地下には、伯爵が蒐集した洋酒のたぐいが沢山ある。 このようなお腹の足しにもならないもの、伯爵が大切にしておられなければ、とうに売ってしまうのに――と、御園が怒りながらも残していた洋酒を、薫は、無断で持ち出してきたらしい。 「申し訳ありません」 志野は三味線を膝の前に置き、手をついて頭を下げた。 「ほう、これが、櫻井が言ってた例の女か」 即座に、座敷の奥の方から聞きなれない声が飛んできた。 「なかなかの美人じゃないか、もっとこう、遊びなれた感じを想像していたんだがな」 「見た感じは令嬢風だ、すました感じの女だな」 座敷にいるのは四人。 いずれも黒い詰め襟を着た大柄な男たちだった。 どこかで見た顔も交じっているし、初見の者もいる。 つい先日、真面目な風体で年始の挨拶にきた者もいる。 「それが、意外に情熱的なのさ」 何でもないことのように言い、薫はグラスを持ち直した。 美しい目の縁が薄赤く染まっている。手元がどこかおぼつかない。泥酔しているのが、一目で判る。 琥珀色の中身を一気に飲み干し、薫はゆらり、と立ち上がった。 「ほら、さっさと試してみろよ。この女なら何をしたって、絶対に逆らわないから」 志野は微かに肩を震わせた。 予感していないでもなかったが、こうもあからさまだとも思わなかった。 薫がにじり寄ってきて、酒臭い息が間近に迫る。 志野の顔を覗き込むように見た薫は、自虐的とも思える笑みを浮かべ、畳についた志野の腕を掴み上げた。 「志野、これが最後のご奉仕だと思って我慢しろ。結婚すれば、こんなこともそうそう出来なくなるからな」 腕を引かれ、立ち上がらされる。 薫に蹴られた三味線が、部屋の角に転がっていく。 それを気にする間もなく、部屋の中央に引き出された志野は、たちまち薫を含め五人の男たちに取り囲まれた。 |
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