聞こえる、恋の唄
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第6章
「涙雨」
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「遅いじゃないか、志野」

室内は、濃密な酒の匂いで満ちていた。

屋敷の地下には、伯爵が蒐集した洋酒のたぐいが沢山ある。

このようなお腹の足しにもならないもの、伯爵が大切にしておられなければ、とうに売ってしまうのに――と、御園が怒りながらも残していた洋酒を、薫は、無断で持ち出してきたらしい。

「申し訳ありません」

志野は三味線を膝の前に置き、手をついて頭を下げた。

「ほう、これが、櫻井が言ってた例の女か」

即座に、座敷の奥の方から聞きなれない声が飛んできた。

「なかなかの美人じゃないか、もっとこう、遊びなれた感じを想像していたんだがな」

「見た感じは令嬢風だ、すました感じの女だな」

座敷にいるのは四人。
いずれも黒い詰め襟を着た大柄な男たちだった。

どこかで見た顔も交じっているし、初見の者もいる。
つい先日、真面目な風体で年始の挨拶にきた者もいる。

「それが、意外に情熱的なのさ」

何でもないことのように言い、薫はグラスを持ち直した。

美しい目の縁が薄赤く染まっている。手元がどこかおぼつかない。泥酔しているのが、一目で判る。

琥珀色の中身を一気に飲み干し、薫はゆらり、と立ち上がった。

「ほら、さっさと試してみろよ。この女なら何をしたって、絶対に逆らわないから」

志野は微かに肩を震わせた。

予感していないでもなかったが、こうもあからさまだとも思わなかった。

薫がにじり寄ってきて、酒臭い息が間近に迫る。

志野の顔を覗き込むように見た薫は、自虐的とも思える笑みを浮かべ、畳についた志野の腕を掴み上げた。

「志野、これが最後のご奉仕だと思って我慢しろ。結婚すれば、こんなこともそうそう出来なくなるからな」

腕を引かれ、立ち上がらされる。

薫に蹴られた三味線が、部屋の角に転がっていく。

それを気にする間もなく、部屋の中央に引き出された志野は、たちまち薫を含め五人の男たちに取り囲まれた。


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