■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第5章 「忍び寄る影」 |
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櫻井屋敷が見えてくる頃には、周囲は暗灰色の夕闇に包まれていた。 冬の日の入りは早い。 志野はわずかに足を速めた。 夕食の支度に間に合わなければ、御園は許してくれても、里代がどれだけ怒るか判らない。 門扉をくぐり、庭を横切っていると、にぎやかな笑い声がどこかから聞こえてきた。 広い庭の奥、例の離れが一際明るく輝いている。 それに反して、母屋は暗く静まり返り、全く人の気配がない。 「……?」 不審に思いながら勝手口を開けると、待ち構えたように里代の巨体が飛び出してきた。 てっきり怒られるとばかり思った志野の前で、しかし里代は拍子抜けしたような顔になる。 「なんだ、志野なの……」 顔色が悪かった。 いつも神経質なくらいに髪をきっちり整えている女が、うなじに幾筋も髪の束を落としている。 「なにか、ございましたか」 気ぜわしく靴を脱ぎながら志野は訊いた。 夕飯時だというのに、屋敷は葬儀の時のように静まりかえっている。 離れから、時折馬鹿げた笑い声が響くものの、聞こえてくるのはそれだけだ。 「それがわかりゃ、こんなに慌てて飛び出して来たりしないわよ」 里代はどこか投げやりな口調で毒づいた。 「昼過ぎに電話があって、奥様と雅流様が血相変えて飛び出していかれたのよ。それきりお帰りにならないし、ご連絡も下さらないし」 「電話って、どこからですか」 「知らないわよ、雅流様が出られたんだから」 おかげで、誰も夕飯が食べられないのよ、あんたはいいわよね、のんびり浅草見物ですって、いいご身分よね。 里代の鬱々とした愚痴を耳にしながら、志野は漠然と感じていた不安がふいに現実になったような、そんな暗い予感めいたものを感じていた。 「離れには、……薫様ですか」 声をひそめ、志野は訊いた。 「そう、結婚のお祝いで、ご学友が集まってらっしゃるのよ。夕方からずうっとあの騒ぎ。ああ、そうだ」 里代は、小さな目に露骨な侮蔑を浮かべ、志野を見下ろした。 「薫様が、あんたが戻ってきたら、離れに来るようにって言ってらしたわ。余興に一曲弾いて欲しいんですって。まるで芸者と同じね、あんたって」 |
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