■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第四章 「雅流の秘事」 |
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どうしてそれを、ここ数日の自分は、綺麗に忘れていたのだろうか。 雅流は、菱田百貨店の令嬢と、先月見合いをしたばかりなのだ。 そして、どうして縁談話を思い出したくらいで、私は――、一瞬息が止まったかと思うほど動揺してしまったのだろうか。 「志野、車が来るまでに、庭先を清めといてちょうだい」 里代に命じられ、箒を持って庭に出ながら、やはり雅流のことを考えている自分に、志野はただ戸惑っていた。 兄とはまるで似ていない野性的な顔立ちをした雅流は、骨格に秀でた身体と、低くてよく通る声を持っている。 長唄を謡わせれば、その低音は綺麗に伸びる。 深みがあって――彼の奏でる音と雰囲気がよく似ている。 上手くはないのに、不思議と人を引きつける何かを持っている。 (莫迦だわ、私) 志野は、愚かしい思考を、自ら首を振って遮断した。 だからどうだというのだろう。 雅流の本性もまた、血をわけた兄と同じなのだ。 放蕩で冷酷で、そして卑怯。 二人は、離れでやっているようなことを、志野以外の女にも繰り返しているに違いない。 忘れてはならない――志野は自分に言い聞かせる。 雅流もまた、兄と同じ人種なのだ。 少なくとも平気で、女性の心を踏みにじるようなことができる男なのだ。 集めた落ち葉をゴミ袋につめる。 肩に妙な力が入ったまま、暗く翳る裏庭を早足で突っ切る。 焼却炉の手前、わずか数メートルの所まで来て、目指す場所に先客がいることに、志野はようやく気がついた。 (え……) 囁くような声音が聞こえる。 人影は男女のようである。 いけない、と即座に思ったが、すでに、進みことも引き返すこともできない距離である。 志野は息を殺して、身をすくませた。 二つの人影は、焼却炉脇の大きな木陰で、いかにも隠れるようにして寄り添っている。 「お願い、私を好きだとおっしゃって」 鈴を振ったような、軽やかで優しい声がした。 志野は息を引いていた。 薫の婚約者である男爵令嬢――綺堂綾女の声である。 |
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