■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第四章 「雅流の秘事」 |
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「雅流だねぇ」 苦笑を唇に滲ませながら、御園が目を細めて呟いた。 志野にも判っていた。 離れから聞こえてくる音は、紛れもなく雅流のものだ。 『時雨西行』 (……ああ、また、同じ個所を間違っていらっしゃる) 「こうしてみると、どこか志野と弾き方が似ていますねぇ。腕は、数段雅流が落ちるけれども」 「え?」 不様なほど狼狽した志野は、面食らって顔を伏せた。 「そのようなことは、ございません」 「もしかすると、雅流は志野をお手本にしているのかもしれませんよ」 ふふ、と柔らかく相好を崩して御園は笑った。 時雨西行は長唄の曲で、旅僧西行と遊女江口が、雨宿りをしながら遊女の寂しさを語り合うという物語である。 志野が好きなのは、江口が西行に身の上を語る場面――本調子から二上がりに曲調が変じる所で、ちょうど雅流の演奏に、悪癖が出る所でもある。 御園の笑い声を聞きながら、志野は再度目を閉じていた。 時雨西行。 この曲を聴く度に、胸の深い部分が洗われて、心が軽くなるような気がするのは何故だろう。 あれほど惨めな状況で、何度も聞かされた曲なのに――。 「雅流といえば、縁談が上手くいけばよいのだけど」 独り言のような御園の呟きに、志野ははっと眉を上げていた。 雅流様のご縁談。 ふいに胸が重たい何かで塞がれたような気持ちになった。それがどのような感情か判らず、志野はただ、戸惑って視線を下げた。 「相手方の身分をいえば、正直どうかとは思ったけれど……これも時代なのかしらね、もう、爵位だけではやっていけない時代ですものね」 「私、台所の仕事がございますから、これで」 御園に深く頭を下げてから、志野は急いで立ち上がった。 けれど廊下に出た途端、強い動悸を感じて足が止まり、そのまま胸を両手で抑えていた。 雅流様のご縁談――。 |
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