■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第四章 「雅流の秘事」 |
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まるで、恋を告白した初心な少女のようだった。 志野は、あの日の自分の、莫迦げた心境を振り返っては、ただ頬を熱くする。 いったい何を思っていたのだろうか。 少しだけ親切にされて、舞い上がってしまったのだろうか。 二十二歳の私が――主人とは言え、まだ、二十歳にもならない男相手に。 私らしくない。全く、私らしくない振る舞いだ。 「志野は、本当に何をやらしても器用だわね」 帯締めを手伝い終わり、片付けをしている時、頭上から御園の声がした。 鞠子と連れ立って歌舞伎座に行くという御園は、今日は朝から珍しく上機嫌だった。 「お前の指は天性のものなのかしら。うちの子どもたちに、その才がわずかでもあればよいのだけれど」 「滅相もございません」 「お前の音色には人を引きつける何かがある……これは、父の言った言葉だけれど」 言いさして、御園は薄っすらと微笑した。 「父はお前を内弟子にしたいと言っています。どうですか、志野。この家を離れて黒川へ行きますか」 存外な申し出ではあるが、驚きはさほどはなかった。 近い内にそう言われるような伏線を、御園や家元が、それとなく匂わせておいてくれたからだろう。 黙ってうつむく志野の前に座り、御園は優しく手を取ってくれた。 「まぁ、よく考えてごらん、志野。私もお前がいなくなるのは寂しいけれど、この家も、旦那さまがいらした時分のようにはいかないでしょう」 ほっと吐息を吐く御園の横顔に、初めて彼女らしからぬ、暗い陰りが滲んだような気がした。 戦争の影が、こんなところにまで忍び寄っている――。 志野もまた、眉をそっとひそめていた。 「書生や女中たちにも、少しずつ暇を出そうと思っているのですよ。ただ、志野のように、皆によい行き先を探してあげることは難しいと思いますけどね」 返事は? と、覗き込むような眼で、御園は黙る志野を見上げる。 最初から、志野の返事は決まっていた。 ただそれを、どう御園の顔がたつように持ち出すかだけが問題だった。 「私には、もったいないお話でございますが」 控え目に志野は切りだした。 「少しの間、考えさせていただいてもよろしいでしょうか」 「ゆっくり考えてよいのですよ」 御園が微笑したその時だった。 不意に風に乗って、かすかな三味線の音が聞こえてきた。 |
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