■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第三章 「志野と雅流」 |
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「終わったぜ、雅」 薫が、無雑作に襖を開ける。 それまで、ずっと流れ続けていた三味線の音が止んだ。 「ご苦労さん。これでお袋も疑わないだろうな」 雅流は何も答えず、三味線を抱えたまま、のそりと立ち上がって歩きだした。 今夜の雅流の役回りを理解し、志野は全身の血が引くような気持ちがした。 というより、理解できなかった。 どうして、雅流様は、そんな――。 雅流が薫の傍をすり抜けようとする。その時だった。 「次は、綾女を呼んでみるか」 からかうような眼で、薫が笑った。 不意に、雅流が足を止めた。 初めて見せる獰猛さで、薫に掴みかかろうとする。 ひらりと身をかわし、弾けたように薫は笑った。 「素直だなぁ、雅は。そんなに好きなら、綾女と一回寝てみろよ」 「……うるさい」 二人の会話から、うつむいていた志野にも判った。 雅流は、兄の婚約者に片恋しているのだ……。 まとめていた髪が解け、肩に落ちた。 同時に一滴の涙が零れ、志野は袖で素早く拭った。 絶対に泣くものかと思っていた。 こんなことで――絶対に。 「志野、お袋はな、お前だけが楽しみなんだよ」 耳元に、薫が口を寄せて囁いた。 「お前がいなくなれば、お袋はがっくりくる。お前はお袋の生きがいなんだ。それを絶対に忘れるなよ」 奥様には言えない。 最初からそれだけは判っている。 二人の息子を盲目的に愛している御園は、志野の言うことを信じても信じなくても、深く傷つき、苦しむだろう。 何があっても、奥様を悲しませる事だけはできない。 「また来いよ、志野」 薫は笑い、志野は理解した。 「世が世なら、殿様の御手がついたんだ。これからもありがたくお受けするんだな」 この恐ろしい夜から、もう、逃げる事はできないのだと。―― ※ |
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