■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第二章 「残酷な運命」 |
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普段は、大学の寮に入っている薫と雅流だが、鞠子と同様、月に一度の出稽古の日だけは実家に戻ってくる。 兄弟は広い邸宅に別々の部屋を持っていたが、自室とは別に、庭の離れに三味線のための稽古部屋を有していた。 畳敷きの部屋が二間あり、ちょっとした一戸建て程度の外見を有している稽古部屋は、寝具なども揃えられ、その気になれば寝泊りできるようになっている。 薫か、雅流か――どちらかが屋敷に戻っている時、彼らは大抵、離れに籠って三味線の稽古をしている。 時には二人で連弾していることもある。 少し離れた母屋にも、その音色は聞こえてくる。 そして音色だけで、志野にはわかる。 弾き手が、兄なのか弟なのか。怒っているのか上機嫌なのか。 今も、湿った土の匂いに包まれながら、暗い庭を突っ切っていく志野には判っていた。 弾いているのは――雅流だ。 曲目は『時雨西行』。 雅流は最近、ずっとこの曲ばかり弾いている。 まだ、細かい所が自分のものになっていないせいか、ぎこちなさが随処に残る。 けれど、ひとつひとつの音に深みがある。巧みではないけれど、心が洗われるような澄んだ音色――。 「……失礼いたします」 障子の前で手をついてそう言うと、中の音が止んだ。 「入れ」 三味線の音が途切れ、代わりに冷たい声がする。 弾いていた雅流の声ではない、兄の薫の声である。 障子を開け、膝でにじるように室内に入る。 志野は目を伏せ、平伏したままでいた。 視界に映るのは、黒の靴下を穿いた足――。 「雅、向こうで弾いててくれ。一応三味線の稽古ってことになってるからな」 「わかった」 冷めた返事が、少し離れた場所から聞こえる。 低音なのによく響く声――雅流の声だ。 「来いよ」 別人のように乱雑な口調で、薫は、志野の腕を引いて立ち上がらせた。 |
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