聞こえる、恋の唄
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第二章
「残酷な運命」
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昭和十七年。

前年の真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争は、日増しに国民生活の上にも影を落とし、この頃、東京もアメリカ機の空襲爆撃を受けるようになっていた。

同時に、国内の食糧事情も厳しくなった。

食料管理法が施行され、味噌、醤油などは切符制配給となり、物価は一気に上昇した。

さらに、追い討ちのように軍備調達のための大増税が実施されると、もともと貧しかった国民の貧窮ぶりは、壮絶を極めるようになる。

櫻井家のような華族であってさえ、生活は苦しくなる一方だったから、貧しい家はなおさらだろう。

極貧の最中、一家の働き手である若壮年は、次々と召集され、戦争に駆り出されていくのだから、たまったものではない。

国民の不満や憤りが、全て戦争へ――敵国アメリカに勝利することのみに向けられていくに伴い、戦地へ赴かない若壮年を抱える家は、次第に非国民扱いされるようになっていった。

何故志願しないのか、何故徴兵されないのか。

死ぬのが怖いからではないか。
愛国心がないのではないか。

健康な男児二人を有する櫻井家は、まさにそのような誹謗の、格好の標的になっていたのである。

それでも何年か前なら、華族を平民が非難するなど、考えられないことだったろうと志野は思う。

が、それも仕方がない。

なにしろ、今は、何もかもが戦争中心の世の中なのだ。

華族の権威など、すでに何の役にも立たない時代なのだ――。

「ほんっと、あんたは幸運な女だねぇ。たかが芸者ふぜいが生んだ父なし子が、たまたま、ここの奥様に拾われて」

里代は細い目をすがめながら、舐めるような眼差しで志野を見下ろした。

おそらく、新参の琴絵に言い負かされた苛立ちを、何を言われても言い返さない志野にぶつけようとしているのだろう。

「お嬢様や、お坊ちゃまに混じって稽古をつけてもらった挙句、家元の出稽古にも呼ばれるなんて。あんた、自分の身のほどってもの、わかってるの」

「ええ、それはもう」

頷くしかない。
鞠子のお気に入りの里代に逆らえば、後でどれだけ酷い目にあうか、志野は身にしみて知っている。

「しかも、雅流様と、薫様の稽古のお相手に呼ばれるなんて……。あんた、妙な期待なんて持ってないでしょうね」

「そんな、滅相もない」

真面目な顔で目を伏せる。

「わきまえておりますから……私など、こちらの方々のお目汚しのような存在だということを」

「わかってんならいいけどね」

里代は鼻息を荒くした。

「薫様には、綾女様っていう婚約者がおられるし、雅流様にも、百貨店からご養子の話があるのは、知ってるでしょ。ここの奥様の恩を仇で返すような真似をしたら、私が黙っちゃおかないからね」

「……そのようなことになりましたら」

志野は眉を寄せ、唇を噛んだ。

「私も生きてはおりません。奥様は……私にとっては、命の恩人も同然でございますから」


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