聞こえる、恋の唄
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第19章
「真実の二人」
………<4>………

「志野……」

「私を一人にさせてください、私を……苦しめないでください……」

雅流の唇が、やさしく額に――決して見られたくなかった傷跡に触れた。

顔をそむけても、どれだけ逃げても、男の唇はひるまなかった。

「お前は大切なことを忘れている」

腕が背に回り、和服の着付けに手馴れた手が、簡単に帯を解いていく。

「いやっ……お願い」

志野は男の胸を叩いた。

惨めに痩せた身体を、この人にだけは見られたくない。

「お前は自分を浅ましいという。では、それを黙って見ていた俺はどうなんだ、兄貴と一緒に外道も同然のふるまいをした俺はどうなんだ」

「そんなこと、」

「お前がその時に汚れたというなら、俺も同じ時に汚れたんだ」

はっと息をも止まるような思いで、志野は雅流を見上げていた。

「俺が、どれだけ自分を蔑んでいたかお前に判るか。どれだけ自分を汚いと思っていたか、……お前は、判っていないのか」

志野が受けた心の傷を、同じ深さで雅流もまた、何年も引きずり続けていたことに、志野はようやく気づいたのだった。

「お赦しください……」

震える声で、志野は言った。

「雅流様が、そのようにお思いになる必要はなにもないのです。雅流様には関係ございません。これは、私一人の問題なのでございますから」

懸命に訴える志野を遮るように、雅流はゆっくりと首を横に振った。

「お前は何も判っていない、男というのは、お前が想像している以上に浅ましくて、獣みたいな生き物だ。お前は俺を美化すしぎているだけだ」

仰向けに、畳の上に倒される。

志野は、怯えたまま、ただ目を閉じ、顔を背け続けていた。

「今から、それを教えてやる」


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