■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第19章 「真実の二人」 |
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「それから……ずっと、考えていた。お前が俺の傍にいることの意味や、お前が今まで俺にしてくれたことを……考えていた……」 「目は」 唇を震わせながら、かろうじて志野は言った。 「では、その時からずっと……見えていたのですね」 「時々見えたり……見えなかったり、その繰り返しだ。ようやく視界がはっきりしてきたのは、ここ十日くらいのことだ。それも一時のことで、また見えなくなるのかもしれない」 「病院に行ってください」 もの言わず、雅流の腕が、志野を強く抱きしめた。 息苦しいほどの体温に包まれながら、志野はうわ言のように繰り返した。 「お願いです、病院に行ってください。きちんと手術を受けてください」 「俺は莫迦だった、まさか――ずっと傍にいた女が、お前だとは夢にも思わず、ただ三味線だけに心を奪われていた」 「奥様のためなのです」 もう抵抗する力はなかった。 それでも言葉で、志野は彼に抵抗した。 「私はただ、奥様のお手伝いをしたかっただけなのです」 「俺もそう思った、だから、ずっと迷っていた」 「あなたが迷う必要などないのです、私は」 「お前は嘘までついて、俺の傍から消えた。それにも、何の意味もないと言えるのか」 「……奥様を」 悲しませたくなかっただけなのです。それだけなのです。 繰り返しながら、志野はいつしか嗚咽をもらし、泣いていた。 「俺ももう限界だった。だから高岡まで行ったんだ。真実を聞きたかった、お前がこの六年、何をして過ごしてきたのか」 志野は首を振った、振りながら泣き続けた。 「俺はもう決めた、今度こそお前を俺の妻にする。母さんにもそう伝えた。今夜、母さんは帰らない、鞠子のところに泊まって帰る」 「……お、お願いです……」 夢のような言葉だった。 今までの苦労も辛さも、悲しみもやるせなさも、その瞬間溶けて消えるようだった。 それでも志野は、それでも首を――横に振らなければならなかった。 「そのようなことを、仰らないで……私を……苦しめないで……」 「お前がここを出て行くのなら、俺は医者になど決して行かない。このまま再び、何も見えなくなった方がましだから」 「………雅流様……」 束ねた髪に――雅流の指が触れている。 何度も優しく撫でてくれている。 せきあげる涙で、もう呼吸が苦しかった。 「それでも……それでも、私は」 「言ってくれ、志野、一言でいい、俺を好きだと言ってくれ」 「いいえ、いいえ」 「志野……言ってくれ」 「いいえ、いいえ」 「言ってくれ、志野」 「…………」 ぐっと、強い何かが込み上げて、志野はその一時、狂おしいばかりの激しさで目の前の男を抱き締めた。 「好きです、あなたが好き、大好き」 多分――最初から、最初にこの人の音色を聞いた時から。 御園に「志野をお手本にしているのかしらねぇ」といわれた時、志野はようやく理解したのだった。 彼が私の音色を真似ているのではない、その逆で――私が、彼の音色に惹かれ、音を極める道にのめり込んでいったのだと。 「でも、一緒にはいられない。例えあなたが忘れても、私にはどうしても忘れられない。私は、何度も、あなたの前で浅ましい姿になりました。それが――どうしても忘れられない。大切なあなたの妻が、こんな汚れた女であることが、……私には耐えられない、我慢できない!」 |
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