聞こえる、恋の唄
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第18章
「聞こえる、恋の唄」
………<1>………

見慣れない色をした手紙がポストに投げ込まれているのに気づいたのは、暮れも押し迫ろうとしている夕刻のことだった。

今日は大きな座敷に呼ばれているらしく、御園と雅流は連れ立って外出し、その日、志野は独りで留守居をしていた。

(なんだろう……)

手紙を裏表にひっくり返し、志野は首をかしげていた。

宛名も差出人も、暗号のような奇妙な字で綴られている。

不思議に思いつつ、帰ってきた御園の元にそれを持っていくと、

「あら、これは、外国からの手紙ですよ。エアメイルというのよ、志野。雅流にきたものなのだろうけど」

御園は、差出人に心当たりがあるようだった。

「なんなのでしょうねぇ、今時分」

呟きながら、手紙を持って雅流の部屋へ消えてしまった御園を見送ってから、志野は夕食の準備のために台所に立った。

悲鳴のような――歓喜とも絶望とも思える声が聞こえたのはその時だった。

「おお、……こんなことが、聞いて頂戴、雅流の目が……!」

しばらくして、台所へ戻ってきた御園の目は充血しており、顔色は興奮のせいか、薄赤く染まっていた。

「あの子の目が、見えるようになるかもしれないのですって。向こうで雅流の主治医だった人が、連絡をくだすったの。最近成功した新しい手術なら、目を見えなくしている原因を頭から取り除く事ができるかもしれないって」

志野は、何も言えない代わりに、取り乱した御園の両手を握り締めた。

御園は、志野にすがり、崩れるようにして泣き咽んだ。

「奇跡だわ……ああ、神様、ありがとう……雅流の目が……あの子の目が……」

志野も御園から聞いてはいた。

雅流が失明した原因は、頭部の内出血が、視神経を圧迫していることからきているらしい。

ただ、日本で再検査した医師は、レントゲン写真を見て、出血が原因かどうかははっきり判らない――と首をかしげており、いずれにしても、視力回復は不可能だと思われていただけに、喜びはひとしおだった。

「奥様、おめでとうございます、本当におめでとうございます」

二人きりになってから、志野はそう言って、御園の筋張った手を握りしめた。

志野もまた、自分の双眸に浮いてくるものを、抑えることができなかった。

そして、同時に察してもいた。

彼の眼が開く前までに――自分は、この家を出て行かなければならない。



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