聞こえる、恋の唄
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第16章
「雅流の婚約」
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「鞠子、およし」

「いいのよ、今日こそはっきりさせてやるんだから」

鼻息を荒くして駆け込んできた鞠子は、廊下に立つ志野を見て、眉をあげた。

その背後から、御園が慌てた態で追いかけてくる。

「いつまでこんなことを続けるつもりなの」

志野を睨むように見つめながら、鞠子は低く囁いた。

志野は動けず、三味線を持ったまま凍りついていた。

「まだるっこしいったらないのよ。だから雅が、勝手に結婚を決めてしまったんじゃないの」

襖の向こうからは、変わらぬ三味線の音が聞こえてくる。

廊下の会話が雅流に聞こえることはないだろう。

が、鞠子がこれからしようとしていることのほうが問題だった。

「鞠子!」

息を切らした御園が止める間もなかった。

がらりと襖を開けた鞠子は、そのまま勢い込んで雅流の前に歩み寄る。

気配で、いつにない異常を感じたのか、雅流は眉を上げ、三味線を静かに膝に置いた。

志野は、廊下に立ったまま、激しい動悸で震えている。

今の状況というより、どうして鞠子がこれほど激高しているのかが判らない。

「私が悪いのです」

かすれた早口で、御園がそっと囁いた。

「私が鞠子に、江見さんの愚痴ごとを言ったものだから」

「どうして勝手に結婚を決めたの、雅」

姉の理不尽な怒りに、雅流はただ、面食らっているようだった。

「今まで縁談を断り続けていたのに、今度ばかりは何のつもり? 私とお母様の気持ちも知らないで」

「喜んでもらえると思いましたが」

「じゃあ、聴きますけどね」

落ち着き払った雅流の態度に、鞠子が居直ったように鼻を鳴らした。

「今までお母様はね、お前が志野を思い切れないんじゃないかと思って、それは随分な心配をされていたのよ。今もそのことがあるから、本心から結婚をお喜びにはなれないのよ。本当のところはどうなの、雅。お前はまだ、志野のことが忘れられないんじゃないの」



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