■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第15章 「揺れる心」 |
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「確かに、あれは口がきけませんけれど」 それから、ほどなくしてのことだった。 十一月の半ば。 廊下の向こうから戸惑った御園の声が聞こえ、自分のことが話題になっていると察した志野は、緊張して足を止めた。 雅流の稽古場に、御園と江見が同席している。 先週、ようやく御園は床上げとなったが、江見は相変わらず櫻井家を訪れ、御園に代わって采配をふるい続けていた。 「ああみえて、三味線は確かなのです。雅流の稽古には、随分と役にたつ娘なのですよ」 「三味線でしたら……私でも、お役にたてると思いますわ」 江見の、控え目な声がした。 その会話だけで志野には判った。 江見は、志野にかえて別の女中を雇ったらどうかと御園に進言したのだろう。 以前、わるびれない口調で、 「どうして不自由な方のお世話を、不自由な女に任せなくてはいけないのかしらね」 と、自らの女中に話していたのを聞いたことがあるからだ。 おそらく、本当に雅流を気遣ってのことだろう。 江見という女には、純粋な無邪気さしかないことを、志野は知っているつもりである。 だから、腹も立たなかったし、むしろ当たり前のことを言われているのだと思った。 しかし、同時にこう思わざるを得なかった。 (やはり……私は、お屋敷にあがるべきではなかったのかもしれない) 御園の気持ちが判るだけに、断ることが忍びなく、それ以上に、助けて欲しいと言われれば、どんなことでもするつもりでここまで来た。 が、現実に今、志野がいることが御園を悩ませているのなら、一日も早く、屋敷を辞去したほうがいいのではないか……。 「なれどあの子は、可哀想な娘なのです」 御園の、憤慨を必死に抑えたような声がした。 「わかりますけど、雅流様の傍におくのはいかがでしょう。目がお見えにならないのですから、普通より気がつく者を、おつけになるべきではないのですか」 「それは、我が家の問題ですから」 「お言葉ですが、私は、雅流様ことを心配申し上げているのです」 それきり、息詰まるような沈黙があった。 「さっきから黙っておいでですけれど、雅流様は、どうお思いになるのですか」 江見の、問い詰めるような声がした。 志野はわざと足音を立て、自身が部屋の前に近づいたことを、稽古場の中にいる人たちに気づかせた。 江見が口を閉ざし、御園が息を引くのが判る。 志野は何気ない顔で頭を下げ、座敷の隅で三人に出す茶を用意し始めた。 一人上座に座る雅流は、無言のまま沈思している。 一見、女二人の言い争いに窮しているように見えなくもないが、志野の目には、彼はひたすら音のことだけを考えているように見えた。 もしかすると、今までの会話も、殆んど耳に入っていなかったのかもしれない。 「しずさんと、おっしゃったかしら」 志野は顔をあげ、頷いた。 まだ先ほどの、御園との問答を眉間に濃く残した江見は、膝で志野の傍までにじり寄り、急須にそっと指を当てた。 「随分と熱いお茶ですけど、雅流様の目が不自由なことは、ご存じでいらっしゃいますよね」 知らないはずがない。 あえて念を押したのは、御園と雅流に聞かせたかったためだろう。 志野は無言で面を伏せる。 |
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