■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第15章 「揺れる心」 |
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「本当に腹がたつわ、あの女」 鞠子一人が、未来の義妹に辛辣だった。 「平民のくせにずうずうしい。縁談なら、雅は断ろうとしているのよ。なのに、あんな風に恩きせがましい真似をして。可愛い顔にみんな騙されているけど、あれは相当の女狐よ」 志野は鞠子の愚痴を聞き流しながら、庭の草を抜いていた。 家内の仕事がなくなった志野は、もっぱら外回りの掃除や片付けをしている。 「お母さまもお母さまよ。あれだけ志野、志野と言っていたのに、何なのかしら、いったい」 御園の気持ちは、志野には痛いほどよく判っていた。 今の状況を、どれだけ心苦しいと思っているか……どれだけ胸を痛めているか。 「それにしても、わからないのは、雅流よ」 鞠子は吐き捨てるような口調になった。 「あの子が今まで縁談を断ってきたのはなんだったの? ねぇ志野、お前のためだったのではないの?」 戸惑って志野は、曖昧に微笑する。 志野が判らないのは、むしろ手のひらを返したような鞠子の態度なのだが、むろんそれは口には出せない。 稽古場の窓から、雅流の三味線の音が聞こえてきた。 (随分、御上手になられた……) 志野は目を細めている。 何度も繰り返し実演で教えた曲は、すでに完全に雅流のものになっていた。 若干の迷いが随所にあるが、完成まで、あとわずかというところだろう。 肝心の雅流は、母の容体が安定していれば、後は三味線だけに集中していたいようで、家のことは江見の好きなように任せている。 澄みきって静かな眼差しからは、相変わらず何の感情も読みとれず、ただ時折、江見を見て微笑む姿から、決して、不快な感情を持っているわけではないことが伺い知れた。 このご縁談は、きっと上手くゆくだろう。 自分のせいで、雅流が幸運を逃してはならないと思いこんでいた志野は、その一点だけでも、肩の力が抜けるほど安堵した。 が、連れ添って歩く二人に背を見送る度に、寂しいのか嬉しいのか、自分でも理解できない複雑な感情がこみあげ、ふと眼を伏せてしまうこともある。 そんな時、志野は自らの顔を鏡で見て、自身の揺れそうな気持ちを励ますのだった。 |
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