■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第14章 「忍ぶ想い」 |
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「私は、むろん賛成でございます。芸能で身を立てるというのは、口で言うほど簡単なことではございませんから」 私などが口を出すことではないと――そう知っている志野は、控えめな口調で答えた。 その反面で、これを機会に、自分の立場をはっきりさせておかねばならないとも思っていた。 「奥様、私のことでしたら、どうかお気遣いなさいませんよう」 御園の気持ちは、志野にはよく判っている。 本心では、御園は雅流の縁談を喜んでいるのである。 母として当然であろう。 盲目の息子の将来は、これで約束されたも同然なのだ。 御園を悩ませ、目に見えて痩せるほど憔悴させているのは、縁談が志野への不義理になると思い込んでいるからだろう。 そのようなことはお考えにならなくていいのだと、志野は言葉を選び、心を込めて大切な主人に説明した。 「お前はそう言うと思いましたよ」 御園は寂しげに微笑した。 意味が判るだけに、心苦しい。 どうあっても自分の存在が、御園を思い悩ませているという事実が、胸を重くする。 志野は立ち上がり、 「お弟子さんに、珈琲というものをいただきました、一度お召しになってくださいませ」 気遣うように言って、台所に向かった。 「志野、お前、結婚するつもりはないのかい」 背中から、御園の声が追いすがる。 「私など、誰ももらってくれません」 わざと明るく答えると、わずかな沈黙の後、御園が嘆息するのが判った。 「それはお前が思い込んでいるだけで、実は先日も、ある方からお話があったのですよ」 さすがに驚き、志野は手を止めていた。 「後添いのお話だけど、お相手は立派な官僚で、年も、お前とそう変らないし……お子さんもおられなくてね。こちらの方がいい縁談すぎて、私は驚いてしまったのだけど」 「冗談でございましょう?」 振り返った志野が問うと、御園は疲れたように首を横に振った。 「本当なのですよ。ここに出入りするお弟子さんが、お前の働きぶりを見て、いたく気に入ったようでしてね。仲介の人が入って、それは熱心に見合いを勧めてくださるのです」 「お断りしてくださいませ」 両手をつき、志野は即座にそう言った。 「それは判っていますよ、ですから、一度はお断りしたのだけど」 御園は苦しげに溜息をつく。 「相手の方が、こちらにこっそりいらして、お前を見たそうなのです。どうにでも、結婚の話を薦めて欲しいと、たいそう乗り気になられたようでしてね」 「…………」 「お断りするべきなのかどうか。志野……お前は、ここにいて幸せですか」 御園は痩せた瞼を閉じ、己のこめかみに指を当てた。 「雅流のほうは、今度ばかりは縁談を断りきれないかもしれませんよ。何しろ黒川の父には、言い尽くせぬ恩義を感じているのです。……そうなれば、お前をここへ置いておくのは酷すぎる。私は……」 「奥様」 「私は、お前に幸せになってほしかっただけなのに……」 アルマイトの湯沸かしを火にかけ、志野は再び、御園の前に手をついた。 「奥様、私は幸せです。なんと言って奥様にお礼を申し上げてよいのか、わかりません」 「……志野」 お前は欲がなさすぎますよ。 何年か前と同じ言葉を吐き、痩せ枯れたような女主人は寂しげに笑んだ。 「結婚はいたしません。ただ、それは雅流様のためではないのです。私の、生きようだとご理解ください。雅流様に幸せになっていただきたい気持ちは、私も奥様と同じなのでございます」 志野は、はっきりとした口調で言った。 曖昧な笑みを浮かべたまま、御園は何も言わなかった。 ただ額に手を当てて、疲れたような溜息を繰り返すばかりだった。 |
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