聞こえる、恋の唄
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第14章
「忍ぶ想い」
………<6>………

雅流に、黒川を経由した縁談の話が持ちあがったのは、銀杏の葉が、黄から赤に変わり始めた頃だった。

「いいお話すぎて……どうしたものかしらね」

黒川から正式に写真を受け取って帰ってきた御園は、ただ、困惑しているようだった。

というより、苦悩しているようでもあった。

(私のせいだろうか)

志野は苦い気持ちで考える。

黒川の家元を経た縁談なら、御園にも雅流にも断る不義理はできないだろう。

弟子たちのかしましい噂話によれば、相手は、大手の雅楽器店の令嬢であるという。

結婚を機に、大きな稽古場をプレゼントしたい、そこでますます黒川流の三味線を世間に広げていって欲しい――もともと、黒川のパトロンのような存在だった社長は、そう言って、家元の前で土下座までしたという。

華族制度はなくなったといえども、雅流は旧華族、櫻井伯爵の息子である。

その称号は、本人の意思とは無関係についてまわる。

爵位を絶対的な権威だと思っている人たちにとっては、伯爵家の価値は今でも決して変わらないのだ。

「……志野、お前はどう思いますか」

二人きりのとき、御園は志野をきちんと本名で呼んでくれる。

それでいて、雅流の前では、一度も呼び方を間違ったことがない。

年をお召しになっても、やはり奥様は奥様だ……そんなことを嬉しく思いながら、志野は繕い仕事の手を止めて振り返った。


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