聞こえる、恋の唄
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第14章
「忍ぶ想い」
………<1>………

「雅流、今日から、住み込みで女中さんを一人雇うことになったのですよ」

御園がそう切り出すと、雅流は見えない目をすがめ、あまり関心なさそうな顔で「そうですか」とだけ言った。

「しずさんと言って……口が不自由な方なのですが、若い頃三味線をたしなんでおられてね」

そのしずは――いや、その条件のもとで、御園が無理に連れてきた志野は、畳敷きの部屋に手をついて頭を下げている。

ひどく緊張し、雅流の前に引き出されたことを後悔しているのがありありと判る蒼ざめた顔。

それを、わずかもあげようとしない。

「譜の読めないお前に、これまでは私が何度も弾いて聞かせたり、口で教えたりしていましたが、これからはしずにお願いしようと思うのですよ。口三味線は無理ですが、腕は確かな娘のようですから」

口三味線とは、三味線の音を口で表現することをいい、一の糸はトン、二の糸はテン、重音はシャンチャンなどで言い表す。

一曲が三十分以上ある三味線の演奏は、基本的に暗譜で行われる。

譜を全て記憶しなければならないのだが、もとより譜面の読めない雅流にそれを覚えさせるのは、何度も口三味線を繰り返し、演奏を繰り返し聞かせてやるしかない。

雅流は飲み込みが早かったが、同時にこだわりも強かった。

時には何度も、同じ箇所を繰り返し弾くよう求められたこともある。

実際、体力の衰えた御園には、相当な負担を伴う作業になっていたのは確かだった。

「ほんの少し」

慎重に言葉を選びながら、御園は続けた。

「志野に、弾き方の感じが似ているのですよ。ですから、口がきけないということですけれど、この方にお願いすることに決めたのです」

視力を失った者というのは、自然と勘が鋭くなるものなのか、察しのいい雅流が不審に思う前に、あらかじめ刺した釘のつもりだった。

「そうですか」

母の説明に、一瞬確かにけげんそうな顔をしたものの、雅流はすぐに頷いた。

「……わかりました、では、今日からよろしく頼みます」


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