聞こえる、恋の唄
■■
第13章
「再会の時」
………<4>………

「すいませんねぇ。嫁が、体を悪くして実家に帰っているものですから」

湯気のたつ茶が、御園の前に差し出される。

やはり、そうなのだ。

御園は暗々たる思いにかられ、胸を押さえた。

やはり志野は、体を悪くしているのだ。

「具合はどうなのでしょう。ひどく悪いのでしょうか」

「いえ、たいしたことはございませんのですが」

途中まで言いかけ、ふと母親は、何かに思い至ったように顔をあげた。
ああ、と口の中で呟き、狼狽したような目色になる。

実家?と、ようやく御園は違和感を覚えていた。

嫁は実家に帰っているとこの女は言ったが、志野に――実家など、あっただろうか。

「……奥様…………」

高岡の、呟くような声がした。

御園が振り返ると、すでに男は両手を畳についていた。

真摯な眼差しが、じっと御園を見上げている。

昔と変らない優しい眼。
けれど、六年の歳月と父親になったという貫禄が、高岡の印象を随分老けたものにさせている。

がくり、と、まるで糸が切れたように高岡は額を落とし、そのまま畳に顔を伏せた。

「ずっと、お会いして謝らなければならないと思っていました。それはこの母にしても同じことでございます。申し訳ないことをいたしました、本当に申し訳ないことをした」

男は、声を途切れさせる。

黒い予感を感じ、御園は、固まったように動けなくなった。

「……志野の、ことですか」

ものもいわず、低頭したままで高岡は頷く。

「死んだの、ですか」

男は首を横に振る、何度も振る。

その苦しそうな所作に、死とは別の――けれどそれと同じくらい不幸な運命が、志野を襲ったのだと――御園は理解した。

「奥様」

高岡はようやく顔をあげた。
目は、溢れるような涙で濡れていた。

「私は、志野さんと結婚などしていないのです。いえ、私は彼女を本気でもらうつもりでした。けれど、志野さんは――断固として、結婚はできないと言い張ったのです」

そんな馬鹿な。

一瞬呆けた御園は、次の瞬間、嵐のような激情が頭の奥に渦を巻いたのを感じていた。

「……入営の直前に、彼女から急ぎの手紙をもらいました。それには、……いえ、読んでいただければ判ります。あの人が……どのような思いで、奥様や雅流様と別れることを決められたのか」

無言で立ち上がり、棚から古ぼけた手紙を取り出してきたのは母親だった。

差し出されたそれを、手にするべきかどうか――怖いような気持ちで迷う御園を、高岡が静かに促した。

「……お読みください。志野さんは許さないでしょうが、もう私には、このまま彼女を見ているのが辛すぎるのです」

御園は震える手で、黄ばんだ手紙を受け取った。

高岡兵馬さま。

見覚えのある――懐かしい志野の筆跡。

御園自ら教え込んだ手習いどおりの、丁寧で、正確な文字である。

一度堰を切ると、後はもう止まらなかった。

御園は封から便箋を引き出し、それを性急な手で押し開いた。


>next >back >index
HOME