聞こえる、恋の唄
■■
第13章
「再会の時」
………<3>………

「これは、……まぁ、奥様、このようなところにまで、まぁ」

鎌を投げ出した高岡の母親は、痩せた腰をかがめ、へどもどしながら土間にはいつくばった。

「お立ちになってください。近くまで用事があったものですから」

はやる気持ちを冷静な口調で誤魔化しながら、御園は座したまま、簡単な挨拶をした。

立とうとしたが、ここまでの急斜面続きの道中で、すっかり足腰がまいってしまっている。

「ご子息は、高岡の本家をお継ぎになられたのですね」

御園が問うと、泥の塊のように陽に焼けた老婦は、滲んだ涙を手の甲で拭った。

「本家などという大層なものではございません。見てのとおり、田畑しかない貧乏農家でございます。私は従前の家に住んでいるのですが、今日はたまたま稲刈りの手伝いにきておりまして」

言い差して老婦は、背後を振り返った。

「平馬、これ、兵馬、何をしている、早く来なさい」

外に向かって声を張り上げる。

御園はどきり、として思わず表情を強張らせていた。

「何をぐずぐずしておいでだい。着替えなんてどうでもいいよ。櫻井の奥様がお見えなんだよ。お前、ずっとお会いしたいと言っていたじゃないか」

やがて、白いシャツに半ズボンという簡単な格好のまま、六年ぶりに見るかつての書生、高岡兵馬が、おずおずと姿を現した。

農作業の途中だったのか、足は脛から下が泥まみれで、顔には汗の雫が滴っている。

母と同じで真っ黒に焼けた顔を泣きそうに歪め、高岡は土間に両手をついた。

「奥様……、お久しぶりでございます」

顔を上げた男の目に、真実の懐かしさからとしか思えない、綺麗な涙がうっすらと浮いている。

「お前もまぁ……よく、無事で」

どこか頑なだった御園の心は、その刹那ほぐれていた。

思えばアカ屋敷と呼ばれ、誰からもそっぽを向かれていた家に、最後まで残ってくれたのが高岡と志野だった。

復員したと聞いた時、せめて心づくしのねぎらいでもしてやればよかった。

意地を張らずに、結婚の祝いなりとしてやればよかったのだ……。

頑固だった自分を後悔しつつ、御園は、奥の居間に通され、勧められるままに腰を下ろした。

「お疲れでしょう、すぐに、母がお茶を持ってまいりますので」

簡素だが、掃除の行き届いた部屋だった。
裕福ではなさそうだが、かといって暮らしに困っている様子でもなさそうだ。

「志野は、子供を生んだのですね」

志野の具合のことをすぐに切り出せず、御園は何気ない風に問ってみた。

「うちにも先年、ようやく孫が生まれたのですよ。そちらとは同い年になるのかしらね」

「ええ」と何故か曖昧に頷き、高岡は御園から眼を逸らした。

その態度に不審を感じた時、忙しない足音と共に、着替えをすませた高岡の母が、茶の盆を下げて現れた。


>next >back >index
HOME