聞こえる、恋の唄
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第13章
「再会の時」
………<2>………

志野が愛しいのか憎いのか判らないまま、御園は激しい日が照りつける午後の農道を、汗を拭いながら歩き続ける。

志野は……私を恨んでいるのかもしれないねぇ。

歩きながら、様々な思いが御園の胸に去来する。

あれから六年もすぎている。
が、六年はまだ、全てを洗い流すには短かすぎる時間だ。

雅流がいまだ、当時の傷を完全に癒しきれないでいるように、志野の気持ちにも遺恨がないとどうしていえよう。

いってみれば志野は、意に沿わない縁談を無理に押し付けられたのだ。

いや、雅流と志野の立場であれば、あれは真っ当な求婚方法であったと今でも思うが、志野には言い交わした男がいたのだ。

家が窮していた折、恩を仇で返されるように出て行かれたのは悔しかったが、今にして思えば、志野の立場では出て行くしかなかったのではないか。

あれだけ陰日なたなく仕えてくれた志野に、一言も祝いを言うこともなく、ねぎらうこともなく、私は顔さえ合わさずに追い出してしまったのだ――。

ようやく目的の家にたどり着く。

傘をたたんで顔を上げると、涼やかな風が御園の額を冷まし、りん、と風鈴の音がした。

「ごめんくださいまし」

二度目の呼び声で、はぁい、という間のあいた声がして、子供を背負った一人の女が飛び出してきた。

御園はどきりとしたが、声も顔も立ち振る舞いも、志野とはまるで似ていない女である。

「こちらの家の方は、おられますか」

自分の姓名を名乗って御園が聞くと、飲み込みが悪そうな女は二三、不思議そうに瞬きしてから、「呼んでまいりましょうか」とだけ言った。

「田に出ているのですか」
「へぇ」

指差す方向は、家の裏側に広がる山裾沿いの田である。

数人の影が立ち働いているのを認め、御園は大きく息を吐いた。

突然、勘気でもついたのか、女の背中の赤子が泣き出した。

伝々太鼓をふる女の傍に、御園は引き寄せられるように歩を進めている。

「こちらのお子様ですか」

「へぇ、昨年お生まれになりました」

ようやく一つになったばかりだろうか。高岡に目元のよく似た利発そうな男児である。

御園は自然に微笑んでいた。

笑うと志野に似ているだろうか、そう思うと不覚にも涙腺が緩んでくる。

「高岡の夫婦は元気にしておりますか」

「奥様はご病気で、今、家にはおられません」

さっと顔色が変わるのが自分でも判った。
御園は再度、息を吐いて顔を上げた。

「あの、呼んでまいりましょう」

御園の様子をみて、これは急ぎ主人に伝えねばならないと思ったのだろう。

女は慌てて駆け出していった。


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