聞こえる、恋の唄
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第13章
「再会の時」
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郊外の山間部に暮らす高岡の家は、田に囲まれた緩やかな勾配の上にある。

本郷から雇った車を降りた途端、御園は胸迫る何かを感じて、自然に目を細めていた。

過去の懐かしい世界に、足を踏み入れた気分だった。

静かな山間の村からは、急速に進む都内の近代化も、戦争の傷跡も感じられない。

折しも収穫の時期なのか、黄金色に輝く稲穂の中で、頬かむりをした男や女たちが、忙しなく立ち働いている。

日傘を差した御園は、ゆっくりと目的の家目指して歩き出した。

ここまで来て、ようやく御園は、はやりたった自分を後悔していた。

今日のことは、鞠子にも薫にも、むろん雅流にも言ってはいない。

(雅に、志野をあきらめさせるためですよ)

理由を言えば、鞠子などは喜んで、自分も行きたいと言っただろう。

判っていて、あえて黙って一人で行くことにしたのは、御園の中になお、志野への愛情が色濃く残っているからとしか言いようがない。

実際、今朝、いそいそと支度をする御園を見て――いや、見ることなどできないから、気配を察して「母さん、今朝はひどく楽しそうですね」と雅流になにげなく本心を衝かれたりもするほど、御園は浮き足立っていたのである。

葉書の住所は、駐在で地図にしてもらうと、以前御園が知っていた高岡の家とは所在が違うということが判った。

そういえば高岡は次男坊で、いずれは本家の跡取りに、という話があったような記憶がある。

とすれば、あの葉書は、何気なく新たな住所を知らせるためのものだったのか――。


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