■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第12章 「雅流の光」 |
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鞠子が帰った後、三味線の稽古をしている雅流の食事の支度をしながら、御園は志野のことばかりを考えていた。 あれは、幸せではないのだろうか。 よもや、病気でもしているのではないだろうか。 認めないわけにはいかなかった。 結局のところ、いくら憎んでも、御園は知りたくてたまらなかったのだ。 志野が今、どうしているか――元気でいるのか、幸せにしているのか。 「母さん」 いつの間にか三味線の音が止んでいた。 息子の呼ぶ声に、御園は濡れた手を布巾で拭って、隣室に続く襖を開ける。 稽古の時の着物姿のまま、雅流は音のする方に顔を向けた。 我が子ながら、美しい顔をしている、と御園は思った。 十代の頃は、むしろ荒々しく野性的だった雅流の顔は、今はすっきりとした色白の、雅楽に携わる人の面差しになっている。 静かな所作で一礼し、雅流は目を伏せたままで、顔を上げた。 「申しわけありません。実は、尚武様のお話ですが」 「断るのですね」 予感はしていたが、さすがに御園は眉が曇るのを感じていた。 「色々考えたのですが、まだ、時期ではありませんので」 雅流は静かな口調で答える。 考えたというのは嘘だろう、と御園は思った。 返事をすぐにしなかったのは、単に相手方への配慮であり、本人は迷いもしなかったのだろう。 「これ以上の話は、お前にはないと思いますよ」 思わず漏れた厭味にも、雅流はただ、静かに頷いただけだった。 御園は嘆息して立ち上がり、「志野のせいではないのですか」と、喉元まで出かけた言葉を、かろうじて飲み込んだ。 それこそ、訊くまでもないことだ。 わざと足音を荒げて台所に戻りながら、御園はふと、腹立ちまぎれに、では会ってみたらどうだろう、と思っていた。 志野ももう三十前だ。 さすがに子どもの一人や二人はいるだろう。 そんな年増になった女を、今さら雅流に会わせたところで、かつてのような心配をすることもない。 むしろ、雅流も目が覚めて、縁談を受ける気になってくれるかもしれない……。 不意に、心の閊えが取れ、すっと胸が軽くなった気分だった。 そうだ、何を逃げ回っていたのだろう。 逃げるから余計に、雅流の中で思い出だけが美化されてしまうのだ。 志野に会ってみよう。 初めて――あの日から六年たって、初めて御園はそんな気になっていた。 |
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