聞こえる、恋の唄
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第12章
「雅流の光」
………<5>………

茶を淹れ代えるために台所に向かいながら、御園はそっと唇を噛んでいた。

志野という女は、全く雅流の何もかもを変えてしまったのだ。

いいようにも悪いようにも。

志野とのことさえなければ、雅流が戦場へ行く事などなかったかもしれぬ。そうでなければ視力を失うこともなかった、代わりに奏者として大成することもなかった……。

「言わないつもりだったけど」

新しい茶を卓上に置いた時だった。

物憂げに窓の外を見ていた鞠子が、ふいに眼差しに意味ありげなものを浮かべて、御園を見上げた。

「実は先日、私、高岡に会ったのよ」

 何気なく「そう」と答えようとして、御園は喉に骨が引っ掛かりでもしたような咳をしていた。

櫻井家の元書生で、志野の夫でもある高岡兵馬のことは、まるで全ての不幸の源でもあるかように、家族の間では口に出すことさえ禁忌な存在になっている。

「驚いたでしょう」

「別に」

御園は、気を取り直すように喉を鳴らした。

「別段、珍しい話でもないでしょう。お互い、車で一時間もかからない所に住んでいるのですからね」

冷やかな感情も露わに眉を寄せた御園は、先月、暑中見舞いと称して送られてきた葉書の書面を思い出していた。



雅流様のご活躍、まことに嬉しく思っております。
父も母も元気にしております。
こちらへ来られる便がございましたら、是非一度お寄りください。
                  高岡兵馬



かっとして、その場で葉書を握り締めてしまったのをよく覚えている。

こんな手紙を寄越しながら、志野の名前ひとつ付記していないのは、どういった按配からだろう。

自分の妻が、かつて雅流から求婚されたことで、余計な気でも回しているつもりなのだろうか。

あれほど自分たちに世話になっておきながら――小ざかしいことを。

そんなひねくれたことを考え、雅流の目に触れないうちに、葉書を破り捨ててしまったのだ。

「で?」

もう一度咳をして、御園は訊いた。

「でって、何よ」

自分から高岡のことを言いだしたくせに、鞠子はしれっとした顔で空を見ている。

御園は苛立って卓を叩いた。

「だから高岡がどうしたのですか」

「最初から気になるなら、そう言えばいいのよ」

呆れたように肩をすくめ、鞠子は、三日も前のことだけど、と語り出した。

「うちの店に来たのよ。あの男一人でね。母親の服を買いに来たと言っていたかしら。相手をしたのは店員だけど、私もいたから、挨拶だけはしてやったの。向こうは偶然だと言っていたけれど、なんだか全てがわざとらしくて、思うに暮らし向きが楽ではないのではないかしら」

「そうなのですか」

御園は身を乗り出している。

「金の無心に来たのではないかしら。そんな気がしたから、早々に帰ってもらったのよ」

鼻息を荒くして、鞠子は笑った。

「そこまで恥知らずだとは思わないけど、万が一志野がうちを頼って来ても、絶対に相手をしてはだめよ。あの女が雅流にどれだけの恥をかかせたのか、それを絶対に忘れてはだめ」

「志野は……」

言いかけた御園は、苦い目で頷いて、すっかり冷めてしまった茶を口にした。

志野は、そんな女ではありませんよ。

つい、言ってしまうところだった。


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