■■■■■■■■ 聞こえる、恋の唄 ■■■■■■■■ 第11章 「御園の決意」 |
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虫の声だけが、誰もが寝静まった部屋に響いていた。 隣の布団では、雅流が静かな寝息を立てている。 天井に映る池の影を見つめながら、御園は志野のことを考えていた。 (――お母様も短気な方ね。あれだけ志野を可愛がっていたのに、なんなのよ、いったい) 鞠子の言葉どおりだった。 御園は志野が可愛かった。 かぞえで十になる前から、自分が手塩にかけて育てた娘同然の女である。 可愛い――正直、別れた後でも、志野のことを考えなかった夜はないほどだ。 愛しいゆえに、裏切られたことが許せない。可愛さゆえに憎いのだ。 その心理は、鞠子にはとうてい理解できないだろう。 志野とは、死んだ母親似の美人で、器用で頭もよく、気立てもいい娘だった。 特に三味線に関しては天才的で、あの時、もし黒川に内弟子として入っていれば、間違いなく師範代くらいにはなっていただろう。 けれど、当時の御園には、内心、芸者の子にそこまでさせなくても――という、蔑視の思いがあった。 いや、あると意識してはいなかったが、今思えば確かにあった。 (私は……愚かだった) 今の御園は、当時の己を心から悔いている。 戦争が終わり、軍国主義を高らかに叫んでいた者たちの目が覚めたように、華族制度が崩壊した後、そんなものにすがって生きてきた自分の愚かしさを、御園はいやというほど思い知らされたのだった。 志野を選んだ雅流の選定眼は確かなものだったのだと――今なら、今の御園なら素直に思える。 けれどそれは、もはや取り返しのつかない過去の一頁にすぎなかった。 |
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