聞こえる、恋の唄
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第11章
「御園の決意」
………<3>………

「雅を一人にはしておけないわ。誰か世話をする人を雇わないと」

帰り際、道路まで見送りに出た御園に、鞠子は真面目な顔で切り出してきた。

「綾女さんは……どうかしらねぇ」

迷いながら御園が提案すると、鞠子は即座に首を横に振る。

「綾女さんに頼むのは、雅にも薫にも酷だと思うわ。……特に薫は、雅に劣等感を持ってるから、また荒れそうで恐いわ、私」

薫の性癖は、鞠子に言われるまでもなく、御園が一番よく知っている。

確かに今日、薫は、弟の帰還を本心から喜んでいたようだったが、一方で、余裕に満ちた雅流の態度に焦燥し、特に綾女の挙動に神経を尖らせているようでもあった。

薫は――怖いのだ、恐れているのだ。弟の復員を喜ぶ反面、妻の心がまた奪われはしないかと、恐々としているのだ。

器量の狭い子だと憎く思う反面、心の弱さが憐れでもある。
また、まだ雅流との血の繋がりを知らない綾女が、再び気持ちを乱すかもしれないとの懸念もある。

「……でも、雇うといっても、今の人件費の相場は、昔と比較にならないくらい高くてねぇ。誰かを雇うなんて、うちではとても無理ですよ」

溜息をつきながら、御園は自分の足元を見る。

「ねぇ、お母様」

うつむいた御園に唇を近づけて、鞠子はそっと囁いた。

「志野は、どうかしら」

聞きたくもない不快な名前を聞き、御園は一瞬顔を強張らせていた。

「志野は……もう、結婚もしていますし、無理ですよ、今さら」

「あら、そうでもないわよ。相手は高岡の家の者でしょう? 高岡にしても、志野にしても、昔はうちに並々ならぬ世話を受けたんだから、案外ただみたいな値段で、引き受けてくれるんじゃないかしら」

「莫迦をお言いでないよ!」
 
御園は厳しい口調になった。

「あんな女に世話されることを、雅流が望むとでも思いますか。かえって不愉快になるだけですよ。余計なことを言うのはおよし!」

「なによ、人が心配してあげてるのに」

鞠子はぷいっと顔を背け、そのままいきり立つように背を向けた。

「お母様も短気な方ね。あれだけ志野を可愛がっていたのに、なんなのよ、いったい」


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