聞こえる、恋の唄
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第11章
「御園の決意」
………<2>………

鞠子は御園にとって義理の娘だが、母娘には戦争を通じ、義理ではない、確かな親子の情愛が芽生えていた。

傲慢な所は昔と少しも変わらない鞠子だが、実のところ情にもろく、意外に面倒見がよいことを、今の御園はよく知っている。

「私がなんとかしてあげたいけど、私だって鴨居の母の面倒をみなきゃいけないし、自由な時間は殆んどないの。お金のことなら、少しは助けてあげられると思うけど」

「女中を雇えばいいだろ」

何でもないように、口を挟んだのは薫だった。

長かった髪は、戦後、別人のように短くなっている。
かつての美青年は、病気のせいか、肌の色も悪く、黄色く濁った目をしていた。

肩をすくめながら、薫は続けた。

「どのみち、この狭い部屋で、雅を含めて四人で住むのは無理だよ、お袋。別に一緒に暮らしたくないって言ってるわけじゃないけどさ。雅にしても、別居した方が気が楽なんじゃないのか」

「薫、お前……なんてことを」

目の前が、暗くなるようだった。
御園は思わず立ち上がりかけていた。

「この家は、櫻井の土地を売り払って、ようやく手に入れたものなのですよ。お前一人の家だと思ったら、大間違いです」

「誰もそんなこと、言ってないだろ」

戦後、ますます短気になった感のある薫は、むっとした風に眉を上げた。

「お袋がそう言うなら、俺と綾女が出て行くよ。お袋だけならともかく、雅までいたら、いつガキをつくりゃいいんだか」

「なっ……」

あまりの言われ様に、御園は真っ赤になっている。

「まぁ、まぁ、お母様も薫も落ち着いてよ」

溜息をつきながら、鞠子が二人の間に割って入った。

「冷静になってよ。ある意味薫の言う通りなんだから。現実的に同居は難しいんじゃない? もっと広い部屋を借りるかしないと、綾女さんが可哀相よ」

憤慨が収まりきらず、御園は口をつぐんだまま鼻だけで息をする。

「とにかく私も考えてみるわ……母さんと雅が別の部屋を借りる気なら、その程度は世話できると思う。ただ……」

鞠子はそこまで言って口を閉ざした。

「お待たせしました、皆さん、何か冷たいものでもお飲みになります?」

明るい顔をした綾女が、部屋に戻ってきたからだった。

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